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ベトナムと皇室の交流 約1300年前に“雅楽”の接点【皇室 a Moment】

2022年4月17日 3:08

先の大戦中、ベトナムにいた旧日本軍の中には、戦後も留まって「ベトナム独立同盟=ベトミン」に合流し、独立戦争に参加した元兵士が約600~700人いました。現地で結婚し、家族を持った人もいましたが、その後、国際情勢の変化により日本へ帰国するよう促され、家族は離れ離れになりました。

ベトナム戦争が始まると日本とアメリカが同盟関係にあったために、その家族たちにも厳しい目が向けられて、元日本兵との関わりを隠して暮らさなければならない時代がありました。上皇さまは元残留日本兵の妻、グエン・ティ・ スアンさん(当時93)に「随分いろいろご苦労もあったんでしょう」と声をかけられました。

スアンさんはインタビューで「うれしかったです。とてもうれしかった。(上皇ご夫妻が)私の手を握ってくれた時、夫と離れた私の事情をわかってくれていると感じました」と語っていました。

また、ベトナム戦争でアメリカが使った「枯れ葉剤」の影響によるとみられる、下半身がつながった状態で生まれた「ベトちゃん・ドクちゃん」をご記憶の方もいらっしゃると思います。日本の医師団の協力で分離手術が行われ、その後、兄のベトさんは亡くなりました。ハノイで上皇ご夫妻はドクさんに会われ、上皇さまは「ドクさんが元気にされていることをうれしく思います」と話されました。

■ルーツは同じ 日本とベトナムの「雅楽」

上皇ご夫妻が次に訪問されたのが古都フエです。両陛下を迎える大きな看板が町の至る所に立てられ、移動する先々には多くの人々が並んでご夫妻を歓迎しました。

ご夫妻はフエの世界遺産の王宮で、日本とも関わりのあるベトナムの宮廷音楽「ニャーニャック」を鑑賞されました。実は「ニャーニャック」は日本の皇室の伝統文化でもある「雅楽」とルーツを共にしているんです。

ベトナムは中国発祥の漢字文化圏の南の端の国で、かつては漢字が使われていました。この「ニャーニャック」を漢字で書くと日本と同じ「雅楽」です。「雅楽」も「ニャーニャック」も、共に中国の宮廷音楽をルーツとしていて、伝来した時期で調べが異なっています。

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