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「たたら製鉄」に魅せられ…還暦超え“刀鍛冶”目指す男性 きっかけは亡き父が残した日本刀

2023年1月15日 19:57
「たたら製鉄」に魅せられ…還暦超え“刀鍛冶”目指す男性 きっかけは亡き父が残した日本刀

かつて鉄の一大生産地だった広島と島根にまたがる中国山地。この地で、日本古来の製鉄法「たたら製鉄」を受け継ごうと、還暦を超え、刀鍛冶になることを目指す男性がいます。きっかけは、亡き父が遺した一本の刀でした。

     ◇◇◇

火花と共に立ち上る炎。日本古来の製鉄法、「たたら製鉄」です。炎を見つめるのは、広島市出身の小林憲生さん(61)。6年前から島根県雲南市でたたら場の管理・運営をする団体『鉄の歴史村地域振興事業団』で働いています。

きっかけは、12年前。亡き父が遺した一本の刀に、小林さんは心を奪われました。

小林憲生さん
「そういったもの(刀)はどういった工程で作られたのか、疑問に思って色々調べていって。興味を持ち、そういった道に進みたいというのがきっかけ」

たたら製鉄の体験会に参加し、思いは募りました。2016年、30年近く勤めた会社を辞め、刀を作りたいと家族に打ち明けました。

小林憲生さん
「(家族の)反応は皆さん想像の通り。『また言っとるわ』みたいな。『どうせ長続きせんし』みたいな感じ」

2017年、55歳の時、小林さんは家族を広島に残し、単身、島根に移住しました。刀の原料を作るたたら製鉄で団体職員として働きながら、刀鍛冶を目指し修業する生活が始まったのです。

中国山地に位置する、島根県雲南市吉田町。一帯は原料の砂鉄と燃料の炭が調達できたため、日本随一の鉄の生産地でした。明治時代、近代製鉄法の普及で衰退した伝統技法は、戦後、工芸品としての新たな活路を見出したのです。

団体では、観光と文化継承を目的に、一般の参加を募って体験会を開きます。小林さんもサポート役に徹します。1500℃にもなる炎の中に砂鉄と炭を20分間隔で交互に投入。そして、ノロと呼ばれる不純物を炉から取り出します。作業は夜を徹して続けられます。

夜が明けると、作られた鉄を取り出す準備が始まりました。最後の工程は一般公開され、様子を見ようと多くの人がたたら場を訪れました。炉をつり上げると、現れたのは赤く燃え上がった鉄の塊、「鉧(けら)」。夜通しの作業で砂鉄700キロ、炭800キロを投入し、そこから生み出された重さ143キロの鉧です。

鉄の神様に恵みの成果を報告し、製鉄は終わりました。

一般参加者
「たくさんの人の協力でひとつのことに向かって全うできたことが、とても印象的で、胸がいっぱい」

炎が生み出す産物、小林さんが引き込まれる景色がそこにありました。できあがった鉧からは「玉鋼」が取り出されます。良質な鋼はやがて日本刀へとその姿を変えるのです。

鉧出しから10日ほどたち、たたら場に訪れた小林さんは、操業を終えた炉の掃除に取りかかっていました。還暦を超えた体を酷使する仕事でも、たたらの現場を預かることに幸せを感じるといいます。

小林憲生さん「20代や30代の人のようには動けないが、それなりの年齢の動きを無理のない程度でぼちぼちやっている」

次回のたたらの操業は春を予定。それまでの砂鉄や木炭の準備も小林さんの大事な仕事です。

     ◇◇◇

午後になり、鍛治場へ場所を移した小林さん。もう一つの顔、鍛冶師を目指す修業が始まろうとしていました。師匠の小林俊司さんは10歳年下。何かの縁か、偶然にも同じ名字です。この日、行うのは「折り返し鍛錬」。熱した「玉鋼」を何度もたたくことで不純物を取り除き、炭素量を均一にします。

刀を作るには、最低5年の修業を積んだ上で、刀工の資格試験を突破しなければいけません。それまでは無給無益で修業に打ち込む日々が続きます。

好きなことに打ち込む日々の積み重ね。小林さんの表情は満たされているように見えました。

小林憲生さん
「昨日よりは今日、今日よりはまた明日、ここまでできたという作業の繰り返し。それは体で覚えるしかないので、回数をやるしかない。でもなんだかすごくやっていて楽しくて、嫌いじゃないんだと思って。熱くても少々やけどするくらいという感覚」

2人が出会った7年前を、師匠は振り返ります。

小林俊司さん
「刀鍛冶は年を取ってからはきつい仕事、生計を立てるのも難しい仕事。最初は反対してやめた方がいいときっぱり断った」

小林さんの熱意が、師匠の気持ちを変えました。今では、弟子の夢を後押しする覚悟です。

小林俊司さん
「最初で最後の弟子だと思っている。私も今勉強の最中なので、一緒に勉強し一緒に技術が向上すればいい」

刀に魅せられ、人生に後悔したくない一心で、この世界に身を投じた小林さん。50代半ばで脱サラしたときから、熱い思いが揺らぐことはありません。

小林憲生さん
「日本刀を作りたいという、最後まで、そこまでしか今は考えていない。自分の利益になるならないでなく、とにかく作りたいという思いが強い。修業をさせてもらっている、刀匠にも刀工資格を取って恩返しというのもあれだが、貢献できるかなと」

伝統工芸に身を投じ、まっすぐ突き進む61歳の小林さんは、まだ夢半ば。周囲の支えを力に刀鍛冶の夢を追う小林さんの挑戦は、これからです。