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心臓移植までの橋渡しではない「補助人工心臓」のいま3

2023年5月28日 19:01
心臓移植までの橋渡しではない「補助人工心臓」のいま3
去年「ディスティネーションセラピー」を受けた宮崎久志さん(65)

重い心臓病の患者にとって、心臓移植の待機期間が、年々長くなっている中、新たな治療法が注目されています。この治療が他の治療と大きく異なるのは、「デスティネーション(最終地)セラピー(治療)」という名前からも分かるように、次のステップがない最終の治療となります。そのため、“人生の最期をどう迎えたいのか”同時に考える必要があるといいます。

――小野教授「心臓以外の臓器が元気だった場合には、かなり長く充実した元気な日々を送れるわけですが、やはり合併症がどこかで起こるかもしれない。元気だった肺や肝臓が何年か経ってから悪くなるかもしれない、あるいは腎臓が悪くなるかもしれない。そういうことは起こり得るわけです。そうなった時に、じゃあ次はどうやって生きていこうかということだと思います。

「例えば、ある治療を受けていたとき、その治療の効果がなくなってあなたはどうするか、前もって意思表示をする『事前指示書』があります。例えば、自分の意思を十分に周りの人と相談して、自分の希望だとか考えを伝えられなくなったときには、こうしてくださいという医療上の処置の選択、あるいは希望を記すというのがあります。『デスティネーションセラピー』を受ける患者さんには、原則この事前指示書を記入していただいて、自分が万が一のときには、『こういう治療は希望します/希望しません』といったようなことを周りのご家族の方、病院の医療者の方々に伝えられるように書いていただくことを推奨しています」

「しかし、人間というのは一度決めたことを何年も同じように考えているかと言われると、いろんな環境、自分の友達や知り合い、家族がいろいろな形で何か起こったときに、考え方は変わりますよね。そのため、この事前指示書は一度書いたら、もうおしまいではなくて、考えが変わったからこうしたいと、いつでも変えられる柔軟性はあります。万が一の時に、指示書があった場合には、特に家族はこの人はこういうふうに考えたから、意思を汲んでこの治療はここまでにしよう、この治療はこういうふうに受けていこう、ということを判断しやすいです」

「遺書といえば遺書なのでしょうけども、これは自分が万が一のときに受けるべき医療処置に対しての考え方ということなので、医療に対する事前指示書というふうに呼んでいます。こういったものを書いていただいて、意思表示をいただければ何かあったときにそれに応じた最も適切な治療をすることができると考えています」

都内に住む宮崎久志さん(65)は、虚血性心筋症で心臓のまわりの血管や冠動脈に病気があり、心不全を起こし、去年「デスティネーションセラピー」をうけました。

――宮崎さん「心臓移植を待っていても、なかなか順番がまわってこない。何年も期待して待つなら、術後のことなども医師が丁寧に説明してくれたので、信頼できるからやってみようという気になりました。合併症などのリスクがあるからやめようとは思わなかったです。合併症について考えたらちょっと怖い気もしますけど、薬を飲んで普通に生活をしていれば大丈夫かなと思って決めました」

「自分の心臓は元気な心臓ではないので、今後入退院を繰り返す形になるとも言われました。今は手術して良かったなと思います。こうした治療も知らなかったので、医療従事者のみなさんに感謝しています。今は買い物も散歩も出来るようになりましたし、自宅で家族と過ごすことができて孫の成長も近くで見られます。息切れをしなくなりましたし、前は笑うことも出来なかったので、すごいなと思います」

――主治医・辻正樹医師「ご本人、ご家族に負担がかかる治療だと思っていますので、その辺をご理解いただいて最終的にご本人が希望されて、補助人工心臓を入れる形になりました。手術の後は特に大きな合併症はなく経過しているとは思います。特に入退院を繰り返すことはありませんし、比較的落ち着いていると思います。もう半年も経過し、ご家族への負担も少し和らいでいるところかなと思っています。ご本人としては、以前の心不全症状でつらいときに比べると症状はやはり良くなっているようですので、今後もう少し慣れてくればご家族と少し遠くに旅行とか、やりたいことをやっていただくのが本来の『デスティネーションセラピー』の目的でありますので、その辺を今後進めていただければいいんじゃないかなと思っています」

「『デスティネーションセラピー』は、最後の治療ではあるのですけども、それまで多くの方は心不全で何年も苦しい症状で、自宅と病院とを行ったり来たり、あるいは1年の大部分を入院している方も多いと思いますので、そういう方たちが補助人工心臓を入れて、日常生活、社会復帰される方もいますし、やりたかったことができるようになる。症状が取れて、かつご本人たちのやりたいことをやりながら、最期をむかえる。それはいつ訪れるかわかりませんけども、その限られた中で納得のいく、満足する、あるいは幸せな生活が送れるというのがこの治療の本来の目的だと思いますので、それが達成できるように我々も医療を提供していくというのが大事なことかなと思っています」

最後に、小野教授に今後の展望を聞きました。

――小野教授「みなさんガンのことはよくご存知で、ガンにより命を落とす方が多いということはよく知られた事実であります。最近はそうは言いながらも、心臓の病気、心臓あるいはその血液を流す血管、いわゆる循環器の病気というふうにまとめていますけれども、循環器の病気で命を落とす方、実はガンに次いで2番目に多いというのが特徴であります」

「ガンについては、色々なところで研究され、また新しい薬も出て手術を含めた治療法が進んでいます。循環器の病気についても適切な治療をするために様々な研究がされていますが、日本はガンの研究は進んでいる一方で、心臓あるいは循環器の病気の研究、治療というのが少し海外から後れをとっている問題がだいぶクローズアップされてきました。命を落とす確率の高い心臓循環系の病気から、多くの患者さんを少しでもお元気にして社会に戻していこうという取り組みが、ようやく少しずつ始まっているところです。植え込み型の補助人工心臓をつけて、10年以上元気ということは、科学と技術の進歩の賜物(たまもの)ですし、また心臓移植の場合、移植後の様々な治療法が進歩することによって20年、場合によっては30年生きられるような時代にもなってきました。それぞれの治療法が、科学と技術、研究の成果でさらに伸びていくというのは間違いないと思います」