実効性は?ヘイトスピーチ“対策法”成立へ
キーワードでニュースを読み解く「every.キーワード」。18日のテーマは「ヘイトスピーチ」。日本テレビ・小栗泉解説委員が解説する。
■ヘイトスピーチの怖さ
「ヘイトスピーチ」とは特定の民族や人種に対して差別をあおる行為。法務省は、このヘイトスピーチが行われたデモが去年9月までの3年半で1152件確認されたと3月に発表した。
古くは、「ナチスのユダヤ人大虐殺はヒトラーのヘイトスピーチがきっかけだった」といわれているほか、「約20年前、部族間の対立で約100万人が殺害されたとされるルワンダ虐殺も、ラジオ局で放送されたヘイトスピーチがきっかけ」とされている。つまり、ヘイトスピーチには最悪の場合、虐殺にまでいきつく危険性も潜んでいる。
■法的に問題は?
日本でも在日韓国人・朝鮮人を攻撃するようなデモがみられ、人を傷つける過激な言葉が飛び交うこともあった。法的には問題はないのだろうか。
実は、日本にはヘイトスピーチそのものを取り締まる法律はない。特定の団体などを標的とする場合は、侮辱罪などが適用された例はあるが、不特定多数を標的とする場合は取り締まる法律はない。
■民事裁判では―
ただ、少しずつヘイトスピーチを問題視する動きが出てきた。2009年から2010年にかけて、京都朝鮮第一初級学校の校門前で「朝鮮学校はぶっ壊せ」「朝鮮人を保健所で処分しろ」などと発言して、授業を妨害したとして学校が市民団体を訴えた民事裁判があった。
京都地裁は「この活動は著しく差別的な多数の発言を伴うもので人種差別にあたる」として、街宣活動の禁止と約1200万円の損害賠償を命じた。この判決を最高裁も支持して、2014年に確定している。
2014年8月には、国連の人種差別撤廃委員会が「ヘイトスピーチ」について、法的な規制も含む適切な対応をとるように日本に勧告した。最高裁判決や国連の勧告もあるようだが、国はどう対応しているのだろうか。
■法律を作る上での問題点
法務省などは、このようなポスターを作るなどして啓発活動を行っていた。ただ、「はい、法律つくりましょう」とはならなかった。というのも、ヘイトスピーチを規制する法律を作ることで、憲法が保障している「表現の自由」を侵害するのでは、という議論があるからだ。仮に規制するとなると、良いか悪いかの境界があいまいな言葉もあり、政治的な評論などの正当な言論を萎縮させるのではという指摘もある。
■法案の中身とは
そんな中、成立する見通しの法案は、どんな中身なのだろうか。法案の前文にはこうある。
「我が国においては、近年、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、適法に居住するその出身者又はその子孫を、我が国の地域社会から排除することを煽動(せんどう)する不当な差別的言動が行われ、その出身者又はその子孫が多大な苦痛を強いられるとともに、当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」「このような不当な差別的な言動は許されないことを宣言する」
法案を整理すると―
【対象】日本以外の出身者や子孫で適法に居住するもの。
【目的】生命・財産に危害を加えると脅すことや著しい侮辱を防ぐ。
【施策】相談体制の整備や人権教育の充実など。
■具体的な罰則はなし
一方で「表現の自由」を尊重して、具体的な罰則や禁止規定は盛り込まれていない。また、「日本以外の出身者や子孫で適法に居住するもの」としたことでアイヌの人や難民申請者などが除外されるとの指摘があり、「法律の施行後もヘイトスピーチの解消状況を見て対策を再検討する」との附則(ふそく)も追加された。
■ヘイトスピーチはなくなるか?
法案には罰則や禁止規定が無いので、実効性を疑問視する声も出ている。ただ、ヘイトスピーチは許されないという姿勢を国として示したことになる。これは、現状から一歩前進したと言えるだろう。
今回のポイントは「差別や排除の無い社会」。表現の自由は民主主義の土台で、とても大切だが、違う人種や民族だからと差別したり排除したりして、人を傷つけることは、もはや言葉の暴力になるだろう。違いを認め、互いの立場を思いやる社会でありたいものだ。