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既存基地をフル活用 筋トレはボイラー室? 釧路航空基地に結集“空飛ぶ海猿”

2023年12月29日 10:00
既存基地をフル活用 筋トレはボイラー室? 釧路航空基地に結集“空飛ぶ海猿”
北海道・釧路航空基地 2023年12月撮影

北海道・知床半島沖で観光船が沈没した事故を契機に、海上保安庁は2023年4月、釧路航空基地に“空飛ぶ海猿”と呼ばれる機動救難士9人を配置した。あの時、救助がかなわなかった悔しさを胸に全国から集結した精鋭たち。既存施設をフル活用した基地の裏側を取材した。
(社会部 佐々木恵美)

■勤務地が石垣から釧路へ 環境変化に戸惑いも

氷点下の凍り付く寒さが続く12月の北海道。釧路空港から5分ほど雪道を進むと、見えてくるのが第一管区海上保安本部の釧路航空基地だ。この基地に2023年4月、機動救難士9人が新たに配置された。

機動救難士は、海上保安庁の全国10基地に9人ずつ計90人しかいない精鋭部隊。海難事故の際にヘリコプターと連携してつり上げ救助などを行うことから“空飛ぶ海猿”とも呼ばれている。シンボルはオレンジ色の制服だ。

釧路に配置されたきっかけは、2022年4月に知床半島沖で発生した観光船「KAZU 1」の沈没事故。事故が起きた道東地域は「エアレスキューの空白地帯」と呼ばれ、機動救難士が出動から1時間で到着できるエリア外となっていて、当時、初動の遅れが課題となったことだった。

釧路にやってきた9人のバックグラウンドは様々だ。年齢は、下は29歳で上は41歳。前任地も函館・羽田・関西などで、現役の機動救難士だけでなく、過去の機動救難士経験者でブランクがある職員も集まった。1度、機動救難士を離れた安岡翔風さん(40)もそのひとり。沖縄・石垣から異動となったが、環境の変化に戸惑う場面もあったという。

安岡さん
「陸上で船の運用の仕事をしていたんですが、(知床の)事故があって私の力でできることがあるのなら環境は違いますけど、救助に携わりたいと思って希望しました。石垣のときは暑さ対策を一生懸命考えていたんですが、こちらは完全にぬれないようなドライスーツで潜水訓練をするので、沖縄の人間は持っていない装備だったので訓練したという形です」

■“折れない心”過酷な訓練で培う

「ロックよし!」「降下準備よし!」

隊員の声が響いていたのは、ヘリコプターの格納庫。機動救難士はヘリからの降下技術が重要となる。空港関係者の理解を得て、実際にヘリを使っての訓練は月に8回ほどで、普段は格納庫の片隅を使い技術を磨いている。本来、ヘリを使う場合は15~20メートルの高さから降下するが、格納庫では高さ8メートルほど。

ロープ1本で体を支え、自身の手の強弱でブレーキをかけたりゆるめたりしながら降下のスピードを決めて着地する。一歩間違えば落下事故を起こす可能性がある危険な降下方法だという。

降下のほかにも、つり上げ、潜水、救急など複合的な技術が必要なうえ、基本的に2人での活動が求められることから個人に対する負担は非常に大きい。

9人全員が観光船事故で、初動対応や今も続く捜索活動などに携わっていて、チームをまとめる上席機動救難士の神谷高仁さん(41)は、訓練に取り組む姿勢を通して隊員たちの強い気持ちを日々感じているという。

神谷さん
「即戦力としてスキルが高い職員が集まったという印象。全員がそれぞれ思いを持ってこの基地に来てくれた。海難現場で必ず人命を救助するという強い使命感と、救助を完遂するという折れない心を訓練で培って海難救助、即応体制の強化に努めていきたい」

■基地の空きスペースをフル活用 筋トレはボイラー室で?

機動救難士の配置にあわせて、格納庫の隣にプレハブ部屋がつくられた。出動に必要なドライスーツやウエットスーツ、ロープなどの資機材が所狭しと並べられている。中には、全国の別の基地から集めた資機材もあるという。

また、救助活動に必要な体力を養うため、航空基地の空きスペースをフル活用して隊員たちは時間を見つけて日々トレーニングに励んでいる。

筋トレルームとなっていたのはボイラー室。フィットネス用のバイクやダンベル、バーベルなどが用意されていて、ボイラーの稼働音が響く中、汗を流している。そして、天井の隙間を利用して、懸垂バーも設置。上席機動救難士の神谷さんは、軽く30回の懸垂をこなしていた。

オレンジ服を着続けるためには、トレーニングは欠かせないといい、救助の過程で必要なのは「最後は体力です」と笑顔をみせた。

■活動の場は海だけでなく陸上も

釧路航空基地は、機動救難士9人が配置されたほか2023年度中にヘリコプター1機が追加され、3機体制となる予定で釧路を拠点に知床半島を含む道東エリアがカバーできるようになる。

しかし今、彼らに求められるのは海での救助だけではない。道東地域は「海溝型地震」の発生が懸念されていて、津波によって被害が想定される陸上での救助対応も迫られているのだ。

神谷さん
「北海道全体を見ると救助機関は道央圏・札幌圏に集中していますが、東側を見ると救助機関はあるもののヘリによる救助は釧路でいうと海上保安庁。陸上災害への備えは、当基地の機動救難士には求められていると思います」

現在、市街地を想定したより高い高度でのつり上げなど、陸上災害に対応するための訓練を行っているほか、他機関との連携を深めることも継続してやっていくとしている。

事故をきっかけに救難体制を新たにした海上保安庁。人員や資機材の強化だけでなく、今後は海にとどまらない救助体制の柔軟な運用が重要となる。