長野駅前殺傷事件2か月 「容疑者逃走中」緊迫の現地へ派遣 埼玉の警察官が感じた課題と意義

「容疑者が逃げている」JR長野駅前で男女が襲われた殺傷事件の現場は緊迫感に包まれた。警察庁は事件を受け、異例にも埼玉から警察官を派遣したが、準備は1日かかり、土地勘もなかった。事件から22日で2か月、派遣された警察官が現場で感じた課題と意義は。(社会部:浅賀慧祐)
■「容疑者はどこに…」埼玉県警が長野県の無差別殺傷事件の現場に“異例”の派遣
「長野の関係で派遣の要請が入るかもしれない」
2025年1月23日の朝。埼玉県警の幹部は警察庁からの一報を受け、こうつぶやいた。
「長野の関係」というのは、前日の夜、JR長野駅前で発生した無差別殺傷事件のことだった。飲食店などが多く立ち並ぶ街の中心部で、男が刃物で男女3人を次々と襲い、このうち男性1人が亡くなっていた。
容疑者の男は現場から逃走。長野駅を中心とした周辺地域は「容疑者がどこにいるのか分からない」「また第2第3の事件が起きるかもしれない」という大きな不安に包まれることになった。
警察庁は、こうした事態を受け、地域の警戒活動のため、関東地方などの各警察に対し、警察官やパトカーを長野県に向け派遣するよう一斉に要請した。各都県から約100人、パトカー16台が派遣されることになった。
本来、警察官は各都道府県ごとの採用となるため、採用された都道府県内で活動することが基本となっている。これまで東日本大震災や能登半島地震など大規模災害の際にも、ほかの都道府県警の警察官が被災地に派遣されることは何度もあった。ただ、こうした「事件」の発生を受けて他県から警察官などが派遣されたのは、まさに「異例」のことだった。「誰が現場に向かうのか」、埼玉県警内で人選が始まった。
■準備におよそ1日…長野に向かった2人の警察官は突然の派遣に迷いはなかった
長野市から直線距離で約150キロ離れた埼玉県警の施設で、すでに当日の仕事を始めていた関根祐洋警部補(40)と田嶋正典巡査部長(42)。2人とも、ニュースで事件については知っていたが、埼玉県警の警察官の自分がまさか長野の事件に関わることになるとは思っていなかったという。
田嶋巡査部長「長野県まで行って我々が本当に活動するとは、正直考えていなかった」
関根警部補と田嶋巡査部長の2人は、県警地域総務課の職質指導班「HAYATE」として日々活動している。「HAYATE」は、いわば「職務質問」の技術にたけた警察官がそろうプロ集団だ。今回の派遣は凶悪事件の容疑者が“逃走中”という地域の警戒活動だ。2人の派遣が決まるまでに、長い時間はかからなかった。
関根警部補「男が捕まっていないということで、今まさにこの職質指導班の技術も活かせるんじゃないかと」「長野県民の方々の不安を払拭できればという気持ちがありましたので、話を聞いた時にすぐに行きたいとなった」
自分たちの経験を生かして「長野の不安を払拭するため」。2人には、普段活動しない地へと向かう“迷い”や“不安”はなかった。
ただ、まず立ちはだかったのは『準備にかかる時間』だった。
準備段階では、現場での活動内容は具体的にはほぼわからず、いつまで続くのかもわからない。1週間くらいで交代が来るとは思いつつ、用意する着替えの数もわからず、2人は一度自宅に帰り、家族にも準備を助けてもらった。一方、長野で使う資機材の準備やパトカーの冬用タイヤへの交換などは、同僚の助けも借り、支度を調え終えたのは、日が沈み始めた夕方のことだった。
「頑張ってこい」上司に贈られた言葉を胸に、関根警部補ら2人を含む県警の派遣部隊6人は、上司や同僚らに見送られ、約4時間かけて長野県へと向かった。
■土地勘がない長野県…「外で遊べない」緊迫感のある無差別殺傷事件の現場で行われた「警戒活動と見せる警戒」
関根警部補らが長野県に到着したのは、事件発生から丸一日が過ぎた午後9時半すぎ。
まず、応援の拠点となっていた長野県警の警察学校に足を運んだ。そこで目にしたのは、様々な県の警察官が続々と集まってくるという見慣れない光景。受け入れる長野県警も忙しなく動く現場は、まるで大規模災害が発生したときと同じような緊迫感があったという。
一方、情報収集のために訪れた捜査の拠点の長野中央警察署は静まりかえっていた。容疑者が逃走している中、署内にいた警察官の多くは110番通報に耳を傾けていた。被疑者につながる情報を絶対に聞き逃さない、独特な緊張感が漂っていたという。
「現場周辺の警戒活動と見せる警戒を」
長野県警からの指示を受けた関根警部補と田嶋巡査部長の2人は、埼玉から長野への移動後そのまま、深夜から早朝にかけて、地域の警戒活動を担うことになった。職務質問のプロとして、不審な動きをする人物がいないか、目を光らせながら警戒にあたったという。
活動にあたって、もう一つ課題となったのは「土地勘」だった。関根警部補と田嶋巡査部長はプライベートでも長野に行ったことはなく、事件現場周辺のことは全く知らなかった。
長野県に向かう道中などには、ニュースで情報を収集しつつ、パトカーにとりつけられたカーナビで地図を確認。現場の状況を頭にたたき込んだ。特に事件が起きた駅前と住宅街、商業施設などの位置関係は念入りに確認したという。
関根警部補「人が多くいる、栄えている場所には人の流れがある。無差別事件ということで容疑者が人混みに紛れ込めるような場所はないかと考えつつ、第2第3の事件が起きる可能性がある中、住宅街や人が集まるところの方が『見せる警戒』も効果的にできると考えた」
「見せる警戒」を効果的に行うため、「学校」の位置についても確認した。2人はこの日の朝、勤務の最後に、市内にある小学校を登校時間帯に合わせて訪れることにした。
自身も子を持つ父親である2人。現場近くに学校が密集している地域があり、当日の警戒活動の締めくくりには小学校を選んだという。そこで目にしたのは、車で送迎するなど、子供に付き添う保護者の姿。事件の不安感は広がっていると感じた。小学生からは「不安なんだ」と率直な気持ちを投げかけられたり、「休み時間に外で遊べない」「体育の授業も外で出来ない」という話を聞いたりしたという。
田嶋巡査部長「『早く捕まえられるように頑張るね』と伝えた。少しでも早く捕まれば、安心できるかなという気持ちがあったので」
関根警部補「『埼玉から来てるんだ、こうやって来てくれて安心するよ』という声もかけていただいた。市民の方々はいつどこで(事件が)起こるかわからないっていう不安はあったんじゃないかなと思う」
田嶋巡査部長「感謝の言葉をいただいて、来た甲斐があったし、励みにもなった」
事件から4日後の26日朝。この日も警戒活動を行うべく準備を進めていると、警察学校内の館内放送が流れ、「待機」という指示が出た。
「何があったのだろう」
2人が指示通り待機を続けていると、スマートフォンに届いたのは、「容疑者の男が逮捕された」というニュースだった。
安堵の気持ちとともに、ほどなくして、応援は解除になった。
■活動を通じて感じた課題と意義…「これからも県民の安心安全につながるように努力を」
異例の派遣から2か月、課題もあったと振り返る。
関根警部補「要請を受けてから埼玉県を出る間での間をもう少し短縮できればと思った」
県をまたいだ活動である以上、準備にも時間がかかる。今回の派遣の準備にもおよそ1日を要してしまうなど、実際に活動を始めるまでにタイムラグがあることを課題に感じたという。
ただ、一方で今回の活動を振り返り、事件が起きた際に、警察官として住民の不安に寄り添う、寄り添って不安を取り除くことが大事だと、この派遣の意義も再確認できた。
関根警部補「万全を期すために、大勢の警察官が集まり対応できるのはいいことで、今後も継続してこういった活動が行われていけると良いと思った」
2人は、「職務質問のプロ」として、決意を新たにしたという。
関根警部補「悲惨な事件を未然に防ぐためにも、このHAYATE(颯)という名前のごとく、颯爽と職務質問を今後も行っていきたいなと思う」
田嶋巡査部長「職務質問による犯罪の予防と検挙を通じて県民の安全、安心に繋がるような仕事をして、今後も努力していきたいなと思う」