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「赤チン」最後の製造 昭和の膝小僧で活躍

2020年12月24日 20:18
「赤チン」最後の製造 昭和の膝小僧で活躍

昭和時代、擦り傷をした子供たちが塗っていた「赤チン」。国内に現存する唯一のメーカーでは、24日、最後の製造を迎えることになりました。

80代「私はね、赤チン育ち」

50代「よく膝小僧に、赤チン塗りつけてましたね」

世代によってはおなじみですが――

■(赤チン)どんなものだと思います?

10代「赤いちょうちん?」

20代「見たことないです」

若者は聞いたこともない商品。

昭和時代、擦り傷をした子供たちは、いつも赤い消毒液を塗っていました。通称「赤チン」。

国内に現存する唯一のメーカー、東京世田谷区の三栄製薬。創業68年、作り続けた赤チンのその数「数億本」。24日で、最後の製造を迎えることになったのです。

三栄製薬・藤森博昭社長「一番思い入れがある商品だから、最後まで作っていきたいという気持ちが強く、今日まで来ました」

赤チンの製造は1960年代ごろピークとなり、メーカーも最大100社ほどありましたが、原料の製造過程で発生する水銀が、四大公害病の「水俣病」の原因と断定されるなどあって、急速に市場が縮小しました。

その後も、海外から原料を調達して生産を続けていましたが、2018年には、最後の1社になり、大みそか以降は、輸入にも規制がかかるため、24日で身をひくことを決めたのです。

今も大量のファンレターが届いています。

藤森社長「赤チンが大好きですとかね。全国で使われて愛されてきたんだなって、うれしい限りです」

いよいよ、終止符を打つ時がやってきました。

藤森社長「いつもと変わらぬいい色してます。人々の心の中に、いつまでも残ってくれる気はします」

本当に、最後の1本については――

藤森社長「申し訳ないですけど、私がもらって、亡くなった(先代の)両親に報告したいと思います」

また1つ、昭和の古き良き商品のともしびが消えました。