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20代でがん 後遺症経て起業 

2021年2月5日 11:02
20代でがん 後遺症経て起業 

2月4日は世界対がんデーです。がんになって治療を終えても後遺症に悩む患者がいます。後遺症を抱えながら、人生を美しく楽しみたいと立ち上がった女性を取材しました。

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■タイトな服は全部捨てた
「むくみはむくみでも普通のむくみと違って、ももが3センチも4センチも太くなって左右(の太さ)が違って、本当受け入れ難かった」29歳の時、がんを発症し、子宮を摘出した水田悠子さん(37歳)。手術は成功したものの、その後8年間、足のむくみという後遺症を抱えています。

むくみの原因はリンパ浮腫という病気です。がん治療で、足の付け根のリンパ節を切除したことで、リンパ液がたまりやすくなり、足などがむくんだ状態になるのです。水田さんは、左足の付け根やももの内側がむくみ、左右の足の太さが違っています。疲れがたまると、むくんだ部分が熱をもつこともあるということです。

「先が細い靴とかタイトな服とか全部捨てました。下半身締め付けないで生きていくんだと決めて。普通のむくみとは全然違うんです。歩けなくなるほどじゃないけど困るんだというのを伝えるのが難しくて辛かった」

むくみを防ぐ方法の一つが、医療用弾性ストッキングを一日中はくこと。水田さんは朝起きてから夜寝るまではいたままです。足を締め付ける圧力が高く、はくのに数分かかることもあり、爪などでストッキングを傷つけないよう、水田さんはゴム手袋をつけてはきます。

■がん治療後復帰するも・・
化粧品会社で商品開発などをしていた水田さん。手術は無事終了し、1年ほど休職し、仕事に復帰しましたが、精神的に落ち込んだ状態が続きました。

「がんが再発しないか、5年間は経過観察しますが、5年間、何かを待つってあまりないですよね。冬眠して5年後起こして欲しいみたいな感じで、気持ちをどう持って生きればいいかわからなかった」

「会社では、皆すごい頑張っているし、私だって大好きな仕事なのに、上の空みたいな感じで働いているってなんだろう、と。治療中より辛いと思っていました」

■鬱々と暮らすのはもったいない
がん治療後5年、再発はありませんでした。

「5年経ったら本当に晴れやかな、がんになる前の感覚に戻るかと思っていたら、そんなことはなくて。がんを経験したという人生が続いていた。アフターコロナとか最近言いますけど、新型コロナウイルスの前の状態に戻るのは不可能だとか、そういうものが起こりうることを知ってしまった状態で生きていくしかない、みたいな感じがあると思うんですけど、私の場合も、人生が元に戻るということじゃないんだなというのが、気づき、発見でしたね」

水田さんは今後の人生についてこう考えました。
「治療後の人生の方が長い。鬱々と暮らしていくには、あまりにももったいないから、その後の人生も(がんを)経験したなりに心地よく楽しく過ごせることを目指したいな、といつしか思うようになった。」

■がん経験原動力に起業
医療用弾性ストッキングは効果は高いものの、かなりぶ厚く、海外ブランドのものが多いため、色やサイズが合いにくい、値段も高いのが現状です。水田さんは、 がん経験者らの活動にかかわる中「自分にしか出来ないこと、やりたいことをやった方がいいんじゃないかという気持ちが醸成されていった。」と話します。

そして、勤務していた化粧品会社の社内起業制度に応募、何度か計画を練り直し、承認されました。去年5月、会社からの借り上げ金も得て、先輩の齋藤明子さんと2人で株式会社「encyclo(エンサイクロ)」を立ち上げました。会社のミッションは「すべての人の、美しくありたい想いを解放する」で、第一弾として医療用弾性ストッキングの開発に挑戦しました。がん治療から8年が経過していました。

「もともとは自信がある方ではなかったんですが、病気の前後で、開き直り、気持ちの変化があった」という水田さん。

共同創業者である齋藤さんは、以前、人事担当としてがん治療と仕事の両立を支援、水田さんのキャリア相談にものりました。「あの時期を乗り越えたからこそ、こういう物を作ろうという今の彼女の原動力になっている。自分のためじゃなくて、同じ思いをしている女性が世の中にいっぱいいるからという思いから動き始めているので尊敬します。」

「当時、私も、がんって大変な病気で本当に生きるので精一杯なんじゃないかと思っていたけど、かわいそうだから、仕事はほどほどでいいのよ、というのは逆に失礼だと思うようになりました。」

水田さんはストッキングの色や透け感にこだわり、引き締める機能との両立を目指し、製造工場とやりとりを繰り返しました。そして、去年12月、ベージュのストッキングと黒のタイツが完成、WEBで販売を始めました。前へ進むという意味で、商品名は「MAEE(前へ)」としました。(表記注:2つ目のEは上に線あり)おなかの真ん中に手術痕がある人が多く、ストッキングの縫い目があたるという声を受け、縫い目をずらしてV字型のきりかえにしました。がん経験者ならではのこだわりです。

■当事者が「我慢」を変える
今年1月、商品のモニター会議を行い、リンパ浮腫の女性の意見を聞きました。女性は「ベージュは透明感がある。はき心地は既存のものに比べていい」と評価しつつ、「今までの商品とはきやすさ、脱ぎやすさはほぼ同じ」と指摘しました。

水田さんは、がん経験者らのニーズに即した他の商品の開発も考えていて「これまで見過ごされてきたこと」「我慢して当然と思われてきたこと」を当事者の声をもとに変えていきたいといいます。そして、がん患者も含め、すべての人が自分らしく生きられるように、その象徴として、会社のコンセプトに、ビューティー(美)の実現を掲げています。

水田さん「ビューティーとは、ぜいたくとか娯楽とかではなく、その人がどう生きていきたいかということかな、と思うんです。」

齋藤さん「ストッキングで気持ちが明るくなることを期待して作りました。せっかく大きな病気を乗り越えたのに、ずっと我慢して生きていくなんてさせたくない」

水田さんは、がん治療後、おしゃれをしたい気持ちがありましたが、命が助かっただけでもありがたいのに、そのようなことを言ってはいけないような気がしていたといいます。

「命はすごい大事で、最優先と思うのは当然なんですけど、助かったからこそ、ケア(治療)かビューティー(美)か二者択一でない新たな価値観を提案するとか、そういう軸で新しいことを巻き起こしていきたい。」

水田さんの挑戦は続きます。