「人と企業をつなぐ」若き信金マンの挑戦
企業は人材不足なのに、求職者は仕事が見つからない。地方が抱えるそんな雇用のミスマッチの解消に乗り出したのが、ふたりの若き信金マンだ。「まちの人事部」として、誰もが自分らしく働ける社会の実現を目指す、彼らの取り組みに迫る。
■信金のネットワークを、まちのワークインフラへ
京都信用金庫の社内ベンチャーとして、2020年6月に立ち上げられた「京信人材バンク」。コンセプトに掲げるのは「まちの人事部」だ。
事業の共同代表を務めるのは、同信金で働く矢野凌祐さん(27)と新田廉さん(28)。地域の働き手と事業者が安心してつながれるワークインフラの構築を目指すという。
サービスの第一弾として提供するのが、「ひとつなぎマッチング」。京都に加え、滋賀と大阪の一部地域に約90店舗を構える同信金のネットワークを活かして、求職者と求人事業者のマッチングをサポートする。
求職者は、サイト上から誰でも登録を申し込める。
「とはいえ、現時点で多いのは、当信金の利用者さまですね」と明かすのは、矢野さん。
信金の業務として顧客のライフプランの相談に乗るなかで、京信人材バンクへの登録を勧めることもあるのだとか。ネットでの申し込みが済むと、京信人材バンクの職員との面談を実施。
「ここでは学歴や職歴ではなく、人となりやスキルを掘り下げます。履歴書にあらわれていない、その人の魅力はどこなのか。それを見つけ出すことが、面談の目的です」
このプロセスを経て人材バンクに登録されると、マッチしそうな求人が紹介されるようになる。求職者から求人を探す機能はなく「本当にその人に向いている求人だけを、職員が責任を持って紹介します」とのこと。
マッチング度合いを見極められるのは、求人事業者がすべて同信金と取引のある企業だからだ。
「それぞれの企業さまが、人事面でどんな悩みを抱えているのかをヒアリングするのは、信用金庫としての取引を担ってきた営業担当者。長年にわたる信頼関係があるからこそ、先方の本当のニーズを引き出せます。事業内容はもちろん、社内の雰囲気から社長さまの性格に至るまでを把握しているから、求職者との相性もしっかりと見極められるんです」
■休眠人材の発掘から、新卒採用までを一手に
求人事業者として登録する各社に共通するのは「できれば地元で人材を雇用したいけれど、なかなか思うような人材が見つからない」という悩みだ。「例えば、あるベンチャー企業から、こんな相談を受けたこともあります」と矢野さん。
「英語と画像編集と会計事務ができる人はいないか、と相談されたんです。最初は頭を抱えました(笑)。けれど、当信金のライフプランアドバイザーたちのネットワークをフルに活用した結果、見事この条件に当てはまる主婦の方が見つかったんです。ちょうどその方が復職を考えていたタイミングだったこともあり、双方とも非常に満足のいく条件でマッチングすることができました」
反対に、優良な地方企業を探している求職者のサポートをすることもある。
「先日は、新卒のお客さまのお手伝いもさせていただきました。とてもマジメな方だったのですが、自己表現が苦手らしく、就活に苦戦されていて。それで大企業ではなく、自分に向いていそうな中小企業が地方にないか、と相談を受けました」
地方の中小企業の場合、優れた事業を展開していても、新卒採用を実施していないケースは珍しくない。矢野さんが思い浮かんだ企業も、新卒採用の実績がなかった。
「けれども、採用担当者に一度だけ面接してもらえるよう、お願いしてみたんです。すると、彼女の人柄を非常に気に入ってくれて。新卒採用第一号として、この春から働いています」
ハローワークをはじめとした既存の求人媒体では見つからない人材、見つからない企業を結びつける。まさに地元の人と企業を知り尽くしているからこそできるサービスだ。
■チャレンジできなかった「悔しさ」を原動力に
同事業の発案者でもある矢野さんは、入行6年目の27歳。精力的に仕事に打ち込む陰には、自分自身が望むようなキャリアを歩めなかった悔しさがあるという。
「僕は経済的な理由から、大学院への進学を諦めざるを得ませんでした。そんな現実に苛立ちもしましたが、それよりも『誰もがチャレンジできる社会』を自分でつくる方が建設的だと思ったんです。じゃあ僕の場合、なぜチャレンジできなかったのかを考えるなかで、働き方の問題にぶつかりました。ウチは母子家庭で、母が自分にあった仕事を見つけることが難しかった。もしもあの頃、母が自分らしく働ける環境が地域にあったら。地域の人たちの働き方を支える“まちの人事部”というコンセプトの根っこにあるのは、そんな思いです」
矢野さんの問題意識に強く共鳴したのが、信金の同期であり、共同代表でもある、新田さんだった。
「チャレンジできることは当たり前じゃない。それまで恵まれた環境で育ってきた私にとって、矢野の話は衝撃的でした。すぐに彼の手伝いをしたいと思うようになり、毎週のようにふたりで作戦会議をするようになりました」
6年間の構想期間を経て立ち上げられた京信人材バンク。ふたりの情熱の賜物である一方、人材紹介業への参入は、信用金庫の戦略としても理に適ったものだ。
「地方の中小企業にとって、人手不足は深刻な問題です。それを放置しておけば、いつか信用金庫は顧客を失ってしまう。京信人材バンクは、新規事業であるだけではなく、信用金庫の本分を守るための一手でもあるんです」と新田さん。
■働き方が変われば、この街の未来が変わる
現在は、コロナ禍への対応も京信人材バンクが担う大きな役割のひとつだという。矢野さんは「コロナ禍によって、地方中小企業が抱える人事課題があぶり出されました」と指摘。特に鮮明になったのが、デジタル人材の不足だ。
「ECサイトやSNSを活用したいけれど、人材がいない。そんな悩みをよく耳にするようになりました。私たちとしても、その課題をクリアするため、パラレルキャリアの推進なども視野に入れながら、さまざまな策を練っているところです」と矢野さん。
新田さんは「もしそれが実現できれば、京都は大きく変わる」と期待を滲ませる。「自分らしく働ける人が増えれば、新たなサービスや価値が創出されるはずです。ひいては、それが地域の持続的な発展につながっていくのではないでしょうか」
若きふたりの挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。
※画像は、事業内容や職場環境を知るために、矢野さん(一番左)が地元企業を訪問する様子
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
■「Good For the Planet」とは
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今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加する予定です。
これにあわせて、日本テレビ報道局はさまざまな「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。