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米で迅速承認「認知症薬」の展望(上)

2021年6月14日 22:25
米で迅速承認「認知症薬」の展望(上)

米国でアルツハイマー病の原因とされる脳内の異常なタンパク質を除去する薬として米バイオジェンとエーザイが開発した「アデュカヌマブ」が迅速承認されました。日本では去年12月に承認申請されています。「アデュカヌマブ」の展望について(上・下)専門家2人に話を聞きました。

■4週間に1回の点滴 米国での薬剤費は約610万円

アルツハイマー病は、脳にアミロイドβという異常なタンパク質が蓄積して、神経細胞が破壊され、脳に萎縮が起こるとされていて、軽度の物忘れから徐々に進行し、時間や場所等の感覚がなくなっていきます。これまで症状を緩和する治療薬しかありませんでしたが、「アデュカヌマブ」は原因とされる異常なタンパク質アミロイドβを除去して、認知機能低下のスピードを抑えるとされています。

4週間に1回点滴で投薬しますが、1年間の薬剤費は5万6千ドル(約610万円)とバイオジェンは発表しています。

■臨床試験が中止勧告を受けたことも

エーザイによると、2つの臨床試験には、発症前の軽度認知障害(MCI)の人や発症から初期段階の軽症者、計約3200人が参加。約1年半にわたって投薬し認知機能などへの有効性を調べました。中間解析の段階では、有効性は確認されないとして、2019年に第三者委員会から試験の中止勧告を受けました。しかし、最終解析の結果、脳内のアミロイドβを59%~71%減少させ、2つのうちの1つの臨床試験では、認知機能等の悪化を22%抑えたとしています。

■迅速承認、追加の検証が必要

去年7月に米国で承認申請。そして今月、FDA(米食品医薬品局)は、症状の悪化をどの程度抑制できるか、さらに検証することを条件に迅速承認しました。有効性が確認できなければ承認を取り消すこともあるとしています。

一方、日本では、去年12月に承認申請しています。2人の専門家に話を聞きました。

日本認知症学会理事長、国立精神・神経医療研究センター、東大大学院の岩坪威教授に聞きました。

――米国での迅速承認受け止めを

アデュカヌマブは、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβにくっついて、これを取り除く抗体医薬です。脳に起こる変化のメカニズムに踏み込んだ治療薬に初めて承認が出たのは、画期的なことです。効果はまだ限定的で、しかも比較的軽症の人しか対象となっていませんが、今後、類似の薬や新しいメカニズムの薬が出てくるなど、治療や診断に関する研究開発も刺激するでしょう。より効果のある治療薬を患者さんに提供できる可能性も広がり、いろんな意味で大きな出来事だと思います。

――臨床試験の結果をどう評価していますか?

2つの試験の両方で効果が立証されれば承認される事前の取り決めでしたが、一方では投薬を受けた参加者で認知機能の低下が22%抑えられることがわかりました。もう1つの試験でも同じ効果が示されれば文句なく承認されたわけですが、こちらでは効果を示す認知機能の差が全体を平均すると見られませんでした。

しかし、こちらの試験でも結果を詳細に解析すると、試験の最後までに投与された薬の合計量が多かった参加者では、有効性がみられたのです。薬の安全性を重視して、控えめな投与量で始めてその後増量されたこと、試験の途中での解析で、最後まで続けても効果が得られないと予測されたことから、この判断は誤っていたわけですが、計画より早く終了するなど、複雑な状況が重なり、データの解釈も難しくなりました。

アルツハイマー病に悩まれる方の数はきわめて多く、症状は深刻で、現在は対症療法薬しかないことから、脳の変化そのものに斬り込む薬が長年、求められていました。臨床試験の効果判定のルールでは、後付けの分析結果を重視することは、誤った判断につながることもあることから、原則的には勧められていません。

今回の米国の判断は、認知機能に対する効果の証拠が完全に揃っていない段階でも、脳のアミロイドβタンパク質の低下など、認知機能の改善につながるデータを重視し、薬の必要性の高さを考慮して、早く使えるようにするという決断を下したものと思われます。もう1本治験を追加して、その結果を見て承認する方法をとることにすれば、あと4年は待たなくてはなりません。それは患者さんの利益にも、ひいては米国や世界の利益にもならないと判断したのかもしれません。

追加の治験は並行して行い、証拠固めをしながらも、先に薬を世に出すという決断がなされたわけです。

――日本では去年12月に承認申請、見通しは?

現在進行中の承認審査の結果を待たなくてはなりません。この治験は日本も含む世界多数の国が参加するグローバル試験として行われました。

今回、米国での審査は世界全体のデータに基づいており、そこで様々な議論を経て出されたのが今回の判断です。日本で審査の対象となるのも、同じ世界全体のデータとなりますので、米国の審査過程は参考にされるでしょう。

日本での承認の動向について、現時点で予測することはできませんが、この薬の効果に関する可能性や安全性をとことん探りながら、審査が進んでいくでしょう。

――日本での承認時期は?

これも予測はできませんが、承認して使ってゆくという方向にむかうならば、今年中に審査が進み、来年には結論が出て動き出す可能性もあるのではないでしょうか。日米とも基本的には同じく世界中のデータを見て審査するわけですが、日本の審査当局の判断によっては、米国と違った意見や条件がつくこともあり得ます。

――「アデュカヌマブ」の展望は?

今回の治験で対象となったのは、軽度認知障害(MCI)と、もう少し進んだ、軽症とはいえ認知症の症状が現れた方までを含む「早期アルツハイマー病」でした。これらの方々では、認知機能低下を抑える効果が22%にとどまりましたが、アデュカヌマブがくっついて取り除くアミロイドβは、この時期よりさらに10年以上前から溜まってくることがわかってきています。

悪者であるアミロイドβを、もっと早い段階で投薬で取り除けば、さらに効果が出る可能性が期待されます。ものわすれなどの認知機能低下の症状はまだないが、アミロイドβがすでに脳に蓄積しはじめている人を診断することが最近の研究の進歩によって可能になってきました。このような方々を予防、早期治療につなぐための研究も国の主導で始まっています。

※米で迅速承認「認知症薬」の展望(下)に続く

※写真は日本認知症学会理事長、国立精神・神経医療研究センター、東大大学院の岩坪威教授