米で迅速承認「認知症薬」の展望(下)
米国でアルツハイマー病の原因とされる脳内の異常なタンパク質を除去する薬として米バイオジェンとエーザイが開発した「アデュカヌマブ」が迅速承認されました。日本では去年12月に承認申請されています。「アデュカヌマブ」の展望について、専門家2人に話を聞きました。
(※米で迅速承認「認知症薬」の展望(上)からの続き)
■高額な薬剤費の問題について…2人の専門家の見解は
エーザイによると、2つの臨床試験を行い、最終解析の結果、脳内のアミロイドβを59%~71%減少させ、2つのうちの1つの臨床試験では、認知機能等の悪化を22%抑えたとしています。
4週間に1回、点滴で投薬しますが、1年間の薬剤費は5万6000ドル(約610万円)と、バイオジェンは発表しています。
一方、日本では2020年12月に承認申請しています。
(下)では、高額な薬剤費について、2人の専門家に聞きました。
まずは、(上)に引き続き、日本認知症学会理事長、国立精神・神経医療研究センター、東大大学院の岩坪威教授に聞きました。
――高額な薬剤費の問題は?
適用の対象となる患者さんは、アルツハイマー病全体の中で、もの忘れなどの症状がある程度はっきり出はじめている軽度認知障害(MCI)期から軽症認知症期の方に限られますが、これだけでも相当な数になります。また、抗体医薬は高価ですので、薬剤費は莫大なものになる可能性があります。
米国では保険制度などが日本と大きく違うとはいえ、適応があると診断され、使いたい人には使える状況になるわけです。
外国で使える薬が、日本でも使う価値があるならば、国内の事情によっていつまでも使えない状況が続くことになると、我々国民は果たして納得できるでしょうか?
薬剤費をどうやって負担してゆくのか、本当に適応のある方をどのように正確に診断してゆくかなど、多くの課題がありますが、今後、医療福祉、財政・経済の専門家や、患者さんとご家族も交えて議論を尽くし、財源の確保を国にもお願いしながら、場合によっては今までとは違う枠組みも検討するなどして、良い方向を見いだしてゆくことが重要だと思います。
医療経済学専門の横浜市立大学・五十嵐中准教授に話を聞きました。
――迅速承認の受け止めを。
「迅速」というと優れた薬をすぐに承認…と考えがちですが、最終的なデータが揃っていない状況での承認という意味もあります。
対象の多くは抗がん剤や希少疾病の薬で、FDAから7年にわたる有効性の試験を課せられたこともあわせて、異例づくしという印象です。
――高価な薬剤を日本で使用する際の医療経済学からのポイントは?
今の制度では承認されれば、原則は保険適用になります。日本の価格はわかりませんが、年間100万円は切らないでしょう。仮に200万円として、認知症の患者は65歳以上の高齢者の6人に1人・600万人です。全員が使うことはあり得ませんが、1%でも年間で1200億円。薬の売り上げで、年間1000億円を超えるのは相当売れている薬です。
早期のアルツハイマーという条件以外にも、どのような人に絞り込むか、真剣に考える必要があります。
――投与する対象者はどう見極めていくのでしょうか?
少なくとも無秩序に使用するべきではありません。承認後に対象を絞りこむために、最適使用ガイドラインというシステムで縛りをかける可能性があります。
投与前の画像診断が必要で、年単位にわたって毎月通院での点滴投与になることなど、飲み薬よりハードルが高い分、自然に患者数が絞られる可能性もあります。
ただ、潜在的な患者数が非常に多い分、自然な絞り込み以外にも「どのような人に投与する価値があるのか?」を踏み込んで検討する必要があるでしょう。
――アルツハイマー病の介護から治療への転換も期待されていますが、薬の評価に介護の負担軽減は関係しますか?
介護保険の負担、さらには家族の介助が減ることなど、より広い観点でみなければ認知症の評価はできません。もっとも、この薬を使うことで介護負担が完全に消えるわけではなく、「認知症全体の負担がどの程度なのか?」と「この薬によってどの程度減らせるのか?」の両方を、緻密に計算する必要があります。
トータルの医療費や介護費を減らすかどうか?ではなく、「トータルで増額になったとしても、それに見合った価値があるかどうか?」を評価する必要があります。
※写真は横浜市立大学・五十嵐中(いがらし・あたる)准教授