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天皇陛下“国際親善の原点”留学中の欧州旅

2021年10月17日 9:55

日本テレビ客員解説員で皇室ジャーナリストの井上茂男さんと、一つの瞬間から知られざる皇室の実像に迫る「皇室 a Moment」。今回の瞬間は、こちらです。
【1985(昭和60)年6月 ノルウェー】

――井上さん、こちらはどういう場面でしょうか?

外国で上皇ご夫妻と天皇陛下が一緒になった珍しい場面です。1985(昭和60)年6月、ノルウェーの当時皇太子だったハラルド5世国王夫妻と一緒に写っています。
陛下は、1983年6月から約2年間にわたってイギリスのオックスフォード大学に留学中でした。夏休みや春休みを使ってヨーロッパ各国を旅行されていますが、この時はノルウェー王室の配慮でイギリスから陛下もノルウェーに招かれました。

ハラルド国王夫妻はこの時、フィヨルド観光のために1泊の船旅を計画し、上皇ご夫妻と天皇陛下をもてなしました。一行は船で世界最大級のソグネフィヨルドの奥まで分け入って、絶景を楽しまれました。

陛下は後に著書で、「ノルウェーの両殿下の温かいもてなしぶりには、私も心の安らぎを覚えたし、皇室とノルウェー王室の結びつきの強さに改めて感銘を覚えた」とその旅を振り返られています。途中バイキングの末裔(まつえい)たちが、バイキングの衣装に身を包んで一行を出迎え、大変趣向が凝らされた船旅でした。

23歳から25歳にかけて陛下は留学されたわけですけれど、この間各地を旅行されています。こちらの地図をご覧ください。色の付いている部分が陛下が留学中に訪問された国々です。

滞在したイギリスと、帰りに寄られたアメリカを除いて計14か国に上ります。王室・公室のある国では、ノルウェーをはじめ、スペイン、リヒテンシュタイン、オランダなどへ、また、フランス、ベルギー、イタリア、バチカンなども旅行し、古い町を数多く訪問されました。

注目したいのは、東西冷戦下、共産圏だった東ヨーロッパも訪問されていることです。

陛下は1985年の春休み、8日間にわたって当時のチェコスロバキアとハンガリーを訪問されました。チェコでは首都のプラハを訪ね、有名なカレル橋を渡り、カレル大学に研究者を訪ねて中部ヨーロッパの河川水路などについて3時間にわたって教えを受けられています。

また、ハンガリーでは首都ブダペストで王城の丘に登り、ヨーロッパで2番目に長い国際河川ドナウ川をご覧になっています。東側のチェコスロバキア、ハンガリーへの訪問は、日本の皇族として初めてのことでした。

記者 「特に印象に残っているのは?」
天皇陛下 「やはりチェコはプラハですね。古い街並み。百塔の街と言われていますから」
記者 「西側とはひと味違いますか?」
天皇陛下 「うーん・・・。街を歩いている感じはほとんど違うという感じもなかったですね」


――これは貴重な映像ですね。またそれぞれの国では元首などとも会われているんですか?

特に2度目のイタリア訪問ではバチカンも訪ね、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世と30分にわたって会見されています。


――王室との交流も多いのですよね?

上皇ご夫妻がアフリカを訪問される折にベルギーのブリュッセルに立ち寄られた時は、陛下は、ボードワン国王の招きを受け、空港でご両親を迎えられました。国王が陛下の背中にそっと手をあて、「さあ」とばかりにうながす様子もみられました。

その夜、国王夫妻が主催して夕食会が開かれましたが、隣国オランダのベアトリクス女王夫妻もひそかに招かれていて、3か国のメンバーでテーブルを囲まれました


当時の読売新聞によると、オランダの女王夫妻が駆け付けたのは、ボードワン国王の粋な計らいでした。同行していた侍従は「将来、浩宮さまがオランダ王室とも交流されるよう配慮されたのでしょう」と語っています。


――さまざまな国の王室との交流ができるのもヨーロッパにいらしたというのが大きいですよね。

ノルウェーやベルギーで、ご両親の上皇ご夫妻と同行して、その国際親善の様子を間近で学ばれた経験というのは得るものが大きかったようです。

ノルウェーでの会見で、「外国で両親と行動をともにするのは初めてで、こちらの皇太子ご夫妻と両親の中に入って会話を聞くことさえ、いい雰囲気で勉強になりました」と話されています。また国民との距離についてもヨーロッパの王室の方々からいろいろ学ばれたようです。
滞在1年後の会見では「(各国の王族と)お話をしてつくづく感じるのは、王室の方々が、それぞれの立場あるいは環境の中で、国民の幸せをせつに願っておられるということ。この点を非常に強く感じました」とも話されています。

また、翌年には、「各国の王族がその環境に合わせて行動しており、王室と国民感情に密接な関係があることがよくわかりました。帰国した時はこの経験を生かしたいと思います」と述べられました。

さらに、2年間の留学を終えての帰国後会見がこちらです。

【1985年11月 帰国後会見】
天皇陛下 「この2年間の留学の最中に、イギリスはもとよりヨーロッパの各地を回って、最後にはアメリカを経由して日本に帰ってきたわけですけれども、その過程で非常に多くの方々と会って、いろいろその方々の人生観、世界観というものを聞くことができました」

この会見で、陛下は、後々何度も取り上げられる重要な言葉を残されています。それが「これからは国民の中に入っていく皇室ということが必要であると思います」という言葉です。

「国民の中に入る皇室」という表現は「令和の皇室像」を表すものとしてよく語られますが、留学中の旅というのは、その後、自身が目指される皇室のあり方についての基礎を形成したのではないかと思います。

皇太子の外国留学は初めてのことでした。陛下は帰国して著書『テムズとともに』に留学の2年間を記していますが、この本の「はじめに」に、「私は本書を(略)私の両親にささげたい。両親の協力なくしては、これから書き記す、今にしてみれば夢のような充実した留学生活は、実現しなかったと思われる」と感謝を記し、「あとがき」には、「それにしても我ながらオックスフォード留学中、実に様々なことに取り組んだものである」と振り返られています。

日本から同行した侍従の寄稿を見ますと、陛下の留学中の旅行は、英国から同じヨーロッパ文化圏への旅行で、英国と旅行先の国々との微妙な違いに気づく貴重な旅でした。

陛下の皇太子時代の外国訪問は、40回を超えます。こうしてたどってみると、20代前半の経験が、その後の国際親善に生きていることがわかります。コロナの後は、存分に親善を進めていただきたいと思います。



【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。

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