【証言】“次の時代を考えてこの国を動かしているのだろうか”…山田洋次監督 戦争の原体験3
これまで山田洋次監督に「旧満州からの引き揚げ」や、「戦後日本の貧しい生活」など自身の体験を語って頂きました。戦争を経験し、「どうやって生きていくか」「どうやって食っていくか」が“映画作りの原点”という山田監督に、今回は「男はつらいよ」や、最新作「こんにちは、母さん」について聞きました。
――「男はつらいよ」の寅さんが世のエリートや偉い人などに意見するシーンについて。東野英治郎さんが演じた先生が「お前なんかより少し頭がいいばっかりに、お前なんかの何倍もの悪いことをするやつがいる」と言うと、寅さんが「私より頭の悪い人がいますか」と笑いをとるシーンがあります。このシーンは、世のエリートや支配者に対するアンチテーゼだったのでしょうか。
山田監督
「寅さんはインテリが嫌いだけどね。だけど世の中を動かしていくというか、すごく大事な仕事をしてる人たちは、頭が良くて、うんと勉強した人じゃなきゃいけないってことはわかってるんじゃないかな」
「難しい理屈を言う人は苦手ではあるけども、面倒くさい仕事は、そういう人たちがいるからできるんだと。国を動かすなんてことは。やっぱりちゃんと尊敬する気持ちは寅にはあるんじゃないのかな」
「そんなに利口じゃない人が、この国を動かしているのが問題なんだな。 本当にちゃんと真面目に勉強して、学問を修めて、学問をして、頭のいい人が“きちんと次の時代を考えて、この国を動かしているのだろうか”っていう問題ね」
「本当はそういう人はちゃんと尊敬するのよ。 苦手だなって言いながらもね。だから、第二作かな。病院のマドンナをとられちゃう人なんだけど、若いお医者さんに『てめえ、さしずめインテリだな』と言ってケンカをふっかけるところがあるんだけど、その場合だってインテリだからお前は駄目だって言ってるわけじゃないんだよね」
「インテリに対するコンプレックスから言ってるわけで、その『さしずめインテリだな』っていうのは、寅におけるインテリに対する複雑な気持ち。 スパっと否定するんじゃない、全く嫌っているわけでもない」
「ただちょっと苦手だな、苦手だけどもお医者さんがインテリなのは当たり前だし、またインテリじゃなきゃいいお医者じゃない。それはわかっているの寅はね。 わかった上で『てめえ、さしずめインテリだな』と嫌みを言っている。インテリを否定しているわけではない決してね」
「つまり、インテリも色々いるってことさ。“正しいインテリ”と、“正しくないインテリ”と。“頭のいいインテリ”と、“頭の悪いインテリ”とね」
■「僕たちが選んだ人が今の政治をやっている」…主権者は市民
山田監督
「ただ、その民主主義のシステムというのは、市民が主権をもっているんだからね。 だから政治家を選ぶのは市民なんだよね。 主権者なんだよね」
「結局、僕たちが選んだ人が今の日本の政治をやっているわけだから。だから、その政治家が間違っているっていうことは、つまり選んだ僕たちが間違っていることになるんじゃないのかな」
――最後の「男はつらいよ」を見たスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが「今はどう考えても寅さんに居場所がない。そういう寛容さが失われている。50作目は寅さんの居場所がなくなったことに対する怒りの映画だ」とインタビューで答えています。山田監督も同様の思いだったのでしょうか?
山田監督
「寅さんっていうのは役に立たない人物だよな。役立たずだよな。『だからあいつは駄目なんだ』『だからあいつは仲間に入れなくていいから追い出してしまえ』というのが今の世の中のような気がするね」
「大体役立たずだけども『一緒にいる仲間なんだからしょうがない、仲間に入れてやれよ』という形で今まで寅さんは生きてこれたような気がするんだよね。 “役立たずという価値観”は何なんだろうと。一緒に仕事していく上で“何の働きもできない”“何の役割を与えてもできない”ということなんだけど」
「ただ寅さんって人間は“潤滑油”のような働きができる。 みんなが辛い時に馬鹿なこと、面白いこと言ってみんなをワーッと笑わせる。笑わせることを言ってみて、ちょっと元気になる。そういうことができる人間なんだよな。みんなが苦労して困ってる時に、なんかうまいこと言ってパーっとみんなを目覚めさせる。そういう力もある人間なんだよな」
「そういう人間は、『しょうがないじゃない、仲間でいてやろうよ』というのは、許容した…包括力のあるものの考え方がないと生存できないわね。 そういう、ゆとりというか、包容力っていうのは人間にとって非常に必要なもの。それは段々とこの効率化の時代、 コスパなんて言ってる時代になると、そういう考え方が否定されていく。 それが寅がいる場所がなくなる理由だよね」
「寅が帰ってくる家がなくなる、帰ってくる故郷がなくなるような日本に、この国はなりつつあるってことは、はっきり言えるんじゃないのかね」
これまで「母べえ」や「母と暮せば」など、戦争と家族をテーマにした映画を手がけてきた山田洋次監督(91)。2023年9月1日からは、90作目となる映画「こんにちは、母さん」が公開されます。
大泉洋さん演じる家庭や仕事の悩みを抱える息子が、吉永小百合さん演じる、恋をし人生をおう歌する母親や、東京下町の人々との交流を通して本当の自分を見つめ直す物語です。
山田監督
「ああいう物語を作りたかったんだよ。 ああいう、お袋と息子と孫の話を作りたかったってことだね。隅田川の向こうだよね、向島っていう下町。典型的な下町で生まれ育って『俺はこっから一つ飛躍していくんだ!』と、 隅田川を越えて丸の内の一流企業に就職して、かなり出世して大事なポジションを占めるようになる。 そこで色んな問題を起こして、段々と彼は嫌になってきて…ある時、隅田川を渡ってお袋の所に帰っていく。『ここでもう1回ここで俺はやり直そう』と。 新しくね。『まだまだ俺はやり直しがきくんだ!』と。そういう物語だよな。 そういうのが、やりたかったってことだな」