能登半島地震と能登豪雨2度の試練… 「半歩ずつでも前に」 塩づくりにかける思い
元日の地震から4月に再起したばかりの珠洲市の塩田村が、今回の豪雨で再び被害を受け、ことしの塩づくりができない状態となりました。立ち上がってもなお続く試練。いまの思いを聞きました。
道の駅すず塩田村・神谷健司 駅長
「手前のがけが崩れて、土砂がその家を越えて、国道を越えて塩田に入ったと」
くみ上げた海水を塩田にまく伝統の製法、「揚げ浜式」で塩づくりを続けてきたすず塩田村。元日の地震で大切な塩田が傾き、海水を汲み上げていた海岸線は地盤隆起で40メートルも沖へ移動するなど、大きな被害を受けましたが、従業員で塩田の復旧を進め、ことし4月に無事、塩づくりを始められたばかりでした。
しかし、10月1 日に訪ねてみると。
神谷さん
「四角く残っているのが塩田なんですけど、その上に、どれくらいですかね、10センチから多いところでは20センチの土砂が流入してしまったということですね」
今回の豪雨で土砂が塩田全面に流れ込み、一週間以上が経ったいまも、重たい土が溜まったまま。元日の地震の際よりもはるかに大きな被害を受け、今月中旬まで行うはずだった塩づくりは、できなくなりました。
神谷さん
「これ復旧するのはかなりの労力、時間が必要になるかなという思いで、ずっと塩田を眺めていましたね。言葉がなかったですね」
そして、塩水を煮詰める最終工程に必要な窯にも土砂が流れ込み、使えない状況に。残り1.5トンほどその作業が残っているため、ことしの売り上げにも大きな打撃です。
ただ、塩づくりができなければ、収入の見込みがなくなります。神谷さんは、従業員と、そして、大切にしてきた伝統を守るために、塩田村の復旧に向け、なんとか前を向きます。
神谷さん
「正直言うと、ここまでの試練があるのかというような気持ちがあります。先の見通しははっきり言うと立たないんです。」
「でもできることから少しずつ準備をして、一歩は足りないかもしれないけど、半歩ずつでもずっと進んでいけたらいいなと思っています」