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【そもそも.】「甲子園」って?球場は100周年なのに大会は106回目?実は4か月半で作られた?名前の由来は…

2024年8月16日 19:00
【そもそも.】「甲子園」って?球場は100周年なのに大会は106回目?実は4か月半で作られた?名前の由来は…

最近耳にする新しい言葉、なかなか深くは知らない言葉〝そもそも〟からお伝えしていく。今回は…

そもそも「甲子園」って?

宮城代表・聖和学園は惜しくも敗れはしたが、連日、熱戦が続いている。
まず、甲子園といえばどんなことを思い浮かべるか街の人に聞いてみた。

Q甲子園球場はいったことある?
「あります」
Qどうだった?
「アルプススタンドでかちわりの氷を溶かして飲みながら熱い応援はいいなと思う」
「甲子園といえば感動ですかね」
Q甲子園球場ってどうして甲子という名前?
「あ~わかんないです」
「今メジャーの松井祐樹の甲子園の最多奪三振の試合を見てて生でおもしろかった」
Q元球児に質問です。甲子園っていつできた?
「え、知らないけどイメージは昭和の1970年ぐらい」

夏の甲子園は「106回大会」なのに甲子園球場は「100周年」!?

夏の甲子園は今回が「106回大会」そして、甲子園球場は「100周年」。
すでにお気づきかもしれないが、実は最初から甲子園球場が使われていたわけではない。

では、会場はどこだったのか?
「甲子園歴史館」の阿部さんに聞いた。

第1回大会はこちら大阪府豊中市の「豊中球場」第3回大会からは現在の兵庫県西宮市にあたる「鳴尾球場」で行われていた。その当時の写真がこちら。

「野球が人気すぎた」ため球場を新設

選手たちの奥を見ると観客がぎっしりと入っている。
ある大会では観客がグラウンドへなだれ込み試合が出来なくなるほどだったそう。
つまり「野球が人気すぎたため新しく大きな球場が必要となりつくられた」ということ。

ちなみに「甲子園大運動場」としているのは開場当初は球技や陸上も行われていたから。

甲子園のモデルはニューヨークの球場

そして実はこの甲子園のモデルとなった球場がある。
それは、現在はなくなってしまったが、アメリカのニューヨーク州にあった「ポロ・グラウンド」という球場。

ヤンキースの本拠地として使われていた。

この球場を図面を基に東洋一大きい球場を作ろうと甲子園が建設された。
そして、実際に完成したのがこちら。
どのくらいの期間で作ったか?その期間はなんと4カ月半だ。

どうして可能だったのか?2つの要因は…

①建設中の天気に恵まれたから
②甲子園球場はもともと川があったところにつくられた球場でコンクリートの材料となる石などが豊富だったから

なぜ「甲子園」という名前が付けられた?

それは開場した年に関係している。

まず子丑寅卯という十二支があるが、それと同じように「十干」というものがあり、この十干と十二支を組み合わせることで暦の「干支」を表すことができる。

この甲子園が誕生した1924年がそれぞれの最初にあたる「甲」と「子」が60年ぶりに出会う縁起のよい年だったことから「甲子園」と名付けられたという。

そもそも「甲子園」って?

「球場を作った人、観客、球児たちの熱い思いを形にした聖地」

深い歴史にも思いをはせながらこの夏も球児たちの真剣勝負を見届けたい。

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