【特集】放流サケ戻らず漁業に深刻な打撃 漁業関係者の模索 新技術も 岩手
特集です。三陸沖の海水温の上昇などから、ここ数年、放流したサケがほとんど戻ってこず、深刻な不漁が続いています。三陸の海でいま何が起きていて、関係者はどんな解決の糸口を見いだそうとしているのか。最新の技術も交えて考えます。
岩手県大槌町の新おおつち漁業協同組合、平野榮紀(ひらの・えいき)組合長です。6月下旬の早朝、ウニ漁に出ました
「せい!」
およそ1時間後に戻ってきましたが…
「箱いっぱいもとれなかったですね」
同じ港からウニ漁に出る人たちも、口をそろえてこう言います。
「(ウニが)人間で言えば熱中症になっている」「何十年もやっているけれど、初めてだな…」
ここ数年、三陸沖の海水温の上昇で、海産物に異変が起きているといいます。岩手の海産物の主力を担ってきた秋サケも、放流した稚魚がほとんど帰ってこなくなってしまいました。
漁師と組合職員
「これはトラウトだと思う」「トラウトか…」
大槌魚市場に水揚げされる鮭は、養殖ものが網から逃げた魚がほとんどです。
岡谷漁師
「秋サケね、(昔は)1日800本くらいとれた。もう30年前だ」「今は?」「今はほとんどゼロ」「(売り上げは)昔に比べると何割くらい減った?」「9割減じゃないか?」
放流した鮭が帰ってこないのはなぜか。県水産技術センターの小川元漁業資源部長は「鮭が生きて帰れない海水温が続いている」と指摘します。
「サケの適水温は5~13℃といわれているが、春の5~13℃の日数が短くなっている」
また、エサとなる動物プランクトンは冷たい親潮に多いものの、岩手の沿岸まで親潮が来ないため、エサにありつけないとみられます。さらに、海を北上したいサケにとって、北から南へ向かう潮の流れが強く、逆流となって体力を奪う環境になっています。
「サケにとって、温度もエサも流れも、3つがマイナス要素として働いている状況」
岩手県も稚魚を従来の1・5グラムから3グラムほどに大きくして放流したり、餌を改良して栄養分を多く含ませたりするなど工夫を凝らしますが、その成果は4年後まで見えず、対策は手探りが続きます。
サケの減少は各地の漁協に影を落としています。
平野組合長によると、漁協はこれまで、サケで得た収益が出た場合は車の代金や漁で使う網の代金を支払うなどして地域に還元してきました。しかし、昨年度とれた放流サケは数十匹。このままでは、今後の漁協の維持に影響が出かねません。
稚魚を育てて放流するとりまとめをしている県さけ・ます増殖協会の五日市周三専務理事です。かつて売り上げ200億円を超えていたサケは、今や1%以下まで落ち込んだといいます。
五日市専務理事
「去年は1億2000万円まで下がってしまった。なので、漁業経営する意味では大打撃」「漁業だけでなく、地域の加工業や運送業などの産業全てにダメージを与えているのが実態」
大槌町の以前の漁協は、東日本大震災をきっかけに経営がさらに悪化。もともと抱えていた負債が11億円以上に膨らみ、解散に追い込まれました。その後、若手の漁師からの要望もあって、震災翌年の3月、「新おおつち漁協」が新しく設立されました。
平野専務理事
「鮭でもって今の経営をしてきた、震災前くらいまで」「組合を維持するために次の世代に頑張ってもらわないといけないから、やはり一回つぶれているから、二度とつぶしてはいけないなと思うし」
放流した鮭の売り上げを補てんする打開策として多くのメーカーや漁業者が進出しているのが、養殖サーモンです。大槌町でも「岩手大槌サーモン」、「桃畑学園(ももばたけがくえん)サーモン」の2種類を養殖しています。6月のサーモン祭りでは、大きな養殖サーモンが元気にプールの中を泳いでいました。
釜石市の泉澤水産。放流した鮭の減少に伴い、銀ザケやサクラマス、25万匹を養殖しています。
泉澤社長
「長年働いている従業員もいるし、設備投資もしているし、舟や網は長く使える」「ある道具、資産を使ってできることということで魚類養殖ということになった」
養殖を始めるにあたり、会社はさらにもう一歩、踏み込みました。国際的な環境基準、「ASC」認証の取得です。ASCとは環境に配慮した養殖をする漁業者に与えられ、今年4月に取得しました。
「環境に配慮した養殖」と認められるには、150以上に及ぶ基準をクリアする必要があります。
会社では、海の資源確保のため、魚粉を減らして植物性の素材を混ぜたエサに変えたほか、餌付けにおよそ1・2キロ離れた地上からでもエサを送れる装置を導入。まんべんなく餌(え)付けができるよう、えさの手まきも始めました。そのかいもあってか、ことしは4キロを超えるサーモンも養殖できました。将来の海外輸出も見据え、まずは年間1000トンの水揚げを目指しています。
社長
「多く増えすぎると環境を汚染する、生産供給量が多いと相場も下がる。その辺のバランスを考えながら生産するのが大事。「東南アジア地域、それから中国、そういった所に輸出できればなと」
鮭をめぐる新たな技術も注目されています。東京海洋大学はことし5月、サケの生殖幹細胞をニジマスに移植することで、サケの卵をニジマスに産ませることに成功したと発表しました。一度産むと死んでしまうサケに比べ、何度も卵を産めるニジマスにサケの卵を産ませることで、生産性の拡大を図れると期待されています。
新おおつち漁協の平野組合長です。あらがえない自然を相手に前向きに対策を考えつつ、現状をこう語ります。
平野組合長
「みんなつぶれそうで首の皮一枚で成り立っているような漁協なんですよ、どこも。私も70になるが、(海水温は)私が生きているうちに復活はしない。震災よりも今の方が大変だなと」
海の異変による放流したサケの不漁。養殖に生き残りをかけながら、漁業者の先の見えない模索はこれからも続いていきます。