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【裁判スケッチ】岸田首相襲撃の男が法廷で語った過去「栄養士になりたかった」なぜ爆発物投げ込んだ? 選挙制度に不満「注目集めたい」

2025年2月8日 9:00
【裁判スケッチ】岸田首相襲撃の男が法廷で語った過去「栄養士になりたかった」なぜ爆発物投げ込んだ? 選挙制度に不満「注目集めたい」
2023年4月、現場で取り押さえられる木村隆二被告

 当時の現職首相を爆発物で襲い、殺人未遂などの罪に問われている無職の男の裁判がまもなく結審を迎える。黙秘を続けた男は、選挙制度に不満を持っていたとされるが、犯行動機はいかに。2月4日の初公判で殺意を否認してから、3日連続で開かれた公判の情景をスケッチした。(報告:加藤 沙織)

■初公判 黙秘続けた被告の声…淡々と「殺意はありません」

 2023年4月、和歌山市の漁港で、演説前の岸田前首相の近くに爆発物が投げ込まれた。大きな音を立てて爆発し、破片は最大60メートル先にまで飛んだが、岸田前首相にケガはなく、聴衆と警察官の2人が軽傷を負った。爆発物を自作し、投げ込んだのは当時24歳の木村隆二被告。その場で取り押さえられ現行犯逮捕となり、その後、殺人未遂や公職選挙法違反、爆発物取締罰則違反など5つの罪で起訴された。

 2月4日、和歌山地裁で迎えた初公判。裁判所の入り口では、金属探知機での身体検査と、X線による手荷物検査が行われた。2024年末、同じく和歌山地裁で開かれた“ドンファン裁判”でもなかった対応。現職首相を襲った事件の裁判ということもあり、厳戒態勢が敷かれていた。

 午前10時40分、2年ぶりに世間の目に触れた彼は、長めだった髪が短くなり、黒のジャケットにメガネ姿と、少しさっぱりとした印象に変わっていた。捜査段階では黙秘を貫いた木村被告が自ら犯行動機を語るのかが注目された。開廷し、初めて聞く木村被告の声。淡々と、比較的はっきりとした口調で、こう主張した。

「人を害する目的ではないです」「殺意はありません」

 検察側が起訴状を読み上げ、裁判長から罪状認否を問われると、木村被告は「間違っているところもあります」と述べた。5つの罪それぞれについて詳しく認否を問われると、次のように説明した。

①火薬類取締法違反・・・認め「火薬を製造したことは認めます」

②爆発物取締罰則違反・・・否認「爆発物を所持・製造はしました」「人を害する目的ではないです」※“人の身体を害する目的をもって”爆発物を製造・所持したとする起訴内容について、製造・所持は認める一方、目的は認めなかった。

③公職選挙法違反・・・否認「まず選挙(活動)をやっていることを知りませんでした」

④殺人未遂・・・否認「人を害する目的ではないです」「殺意はありません」

⑤銃砲刀剣類所持等取締法違反・・・認め「(包丁を携帯していたことを)認めます」

 これに対し、検察側は冒頭陳述で、木村被告が「2022年の参議院選挙に立候補しようとしたが、年齢を満たさないなどとして立候補できず精神的苦痛を受けた」と選挙制度への不満を訴え、国を相手取り民事裁判を起こしていたことを指摘。また、事件前日には「自民党本部 警備」「内乱罪」などと検索した履歴や、事件当日に自民党ホームページ内で和歌山市の雑賀崎漁港を訪れる岸田前首相の遊説日程を閲覧した履歴、そして事件当日にも漁港への経路や「自民党 遊説 警備」などと検索した履歴が残っていたと畳みかけた。

■事件当時の映像に子どもの泣き声も…微動だにしない被告の姿

 検察側は犯行場所や周辺環境など経緯を一つ一つ紐解く過程で、爆発物が投げ込まれる前後の状況などを確認するため、事件当日、漁港に集まっていた聴衆らが撮った映像を何本か再生した。映像には怖がって泣いてしまった子どもの声や、それをなだめる母親の声など、混乱する現場の様が映っており、繰り返し再生された。しかし上映中、木村被告の様子は何一つ変わらないように見えた。映像の中で、「殺せ殺せあんな奴(=被告のこととみられる)」という聴衆の声が流れると、弁護士が被告の様子をうかがうようなそぶりも見せたが、木村被告は前方をまっすぐ見つめ、手は常にももの辺りで組んでいた。

 映像のほかに、現場にいた人たちの証言で「爆発の瞬間、地響きがするようなものすごい爆音がした」「近くで花火が鳴ったよう」など、爆発の衝撃が生々しく報告された時にも、木村被告はたまに唾を飲み込むのに喉仏を上下させるだけで微動だにしなかった。

 一方で、この日唯一、様子に変化を感じた瞬間があった。それは事件前、木村被告と会話したという国会議員の証言が紹介されたとき。選挙制度に不満を持っていた木村被告は2022年、地元である兵庫県川西市で開かれた市政報告会に参加していた。そこに出席していた国会議員に対し、自身の主張をぶつけたという。国会議員はその時のことを振り返ってこう証言した。

「キョロキョロとあたりを見て落ち着かず、バランスの悪さ、違和感を感じた」「選挙制度についてのみ突出して知識がある」「憶測にはなるが、単なる就職先の一つとして、選挙に出れば簡単に市議になれると考えたのでは」

 傍聴していて、「そこまで言わなくても」とさえ思うほどだった。木村被告の方に目をやると、明らかに弁護士との会話が増えていた。何を話しているかは一切分からなかったが、その後、別の証拠の確認に移ってからも会話が多く、弁護士が「わかってる。わかってる」と言っているのが聞こえた。

■公判2日目 爆発物の専門家「拳銃並みの威力」「殺傷能力はあった」

 5日、検察側の証人として、爆発物の専門家が出廷した。木村被告が殺意を否認していることから、殺傷能力が立証できるかが争点の一つとなっていた。爆発物の威力を測る実験では、実際に押収した火薬に加え、和歌山県警が特定した材料で製作した「模造品」を爆発させた。結果、破片は厚さ9ミリのベニヤ板を貫通。爆発物は拳銃並みの威力があるとして、専門家は「殺傷能力はある」と証言した。

 これに対し弁護側は、実験と実際の事件現場とで環境が異なっている点などについて指摘。そのほか、爆発物に取り付けられていた複数のナットや、爆発時に出た炎や煙の威力については、実験で評価されなかったことを確認した。

■公判3日目 「注目を集めたかった」子どもたちのため政治家志すも凶行のワケ

 6日、被告人質問の日。前の2日間と変わりなく、落ち着いた様子で入廷した木村被告は、冒頭こそマイクの音量を確認されるほどには小さな声で話し始めたものの、以降は特段おびえたり迷ったりする様子もなく、静かに落ち着いて受け答えを始めた。

「栄養士になりたかった」「勉強する中で日本の子どもには栄養足りていない、まずは日本の子どもに栄養を届けたい」

 調理の専門学校や教育学部での学習を通して、政治に関心を持つようになったという。しかし、出馬しようとするなかで、選挙制度に不満を持つようになる。民事訴訟で法改正の必要性を訴えるものの認められなかったほか、SNSで意見を発信しても注目されず、どうすれば関心を集められるのか考えたといきさつを明かした。

 そして、犯行の動機について、「総理のような有名な人の近くで大きな音がすれば、私に注目が集まるだろうと思い、そのとき、裁判をしていたので、そのことを報道されるだろうと思いました」と話した。

 また、公職選挙法違反の罪の成立をめぐり検察側は、木村被告が事件当時、「衆議院和歌山1区補欠選挙」などと検索していたことを改めて指摘。木村被告は「岸田さんのいる場所や経路を知るために文字列を使ったのであって、それが何を意味しているかはあまり考えていませんでした」と、選挙を妨害する意図はなかったと主張した。

■情状証人に母親「申し訳ない」 しかし過去には“親子で黙秘”?

 6日の裁判では最後、木村被告の母親が出廷した。事件当時は母と兄と被告との3人で暮らしていたという。弁護人の質問に対し母親は「現場にたくさんの方が集まっていて、日常ではないすごい大きな音がする爆発物を投げ込んだということで、怖い思いをさせたと思いますし、トラウマとなってしまうのではと感じております」と話し「本当に申し訳なかったと思っています」と息子に代わり謝罪した。事件翌日には、ケガをした2人への謝罪も申し出たという。木村被告は疲れもあるのか、これまでは前を向いていたのが、この時は少し下を向いていた。

 一方で、検察側の質問で明らかになったのが、木村被告は捜査段階で黙秘を貫いていたが、当時、母親も検察などの質問にはほとんど“黙秘”したというのだ。これについて母親は、「私がお答えしたことで息子にとって何が有利・不利になるか分からずお答えしませんでした。取り調べが終わって罪状なども確定したので今はお答えしています」と説明した。その後、弁護側に「母として(息子に)向き合ってこなかったことがこの結果にも繋がっている」と指摘され、「今後はしっかりと向き合って、息子の意見をきちんときいた上で、一緒に最善の方法を探したいと思います」と声を振り絞った。木村被告の鼻と耳が若干赤かったように感じる。

 母親が退廷してから最後、弁護側は犯行をきっかけとして結果的に木村被告の政治的な考え方が報道されたことに触れ、木村被告に今後の政治的な活動について問うと「政治には一切関わろうとは思っていません。政治に関したことで問題になっているので、離れた方がいいのかなと考えています」と答えた。また、ケガをした2人への謝罪の意を述べた上で、岸田前首相についても「ご迷惑をおかけしてしまって申し訳なかったと思います」と詫びた。

 3日連続でおこなわれた裁判員裁判は、2月10日に結審する。犯行動機が明らかになるなか、選挙制度の在り方や警備の課題などにどのような影響を与えるのか。判決は2月19日に言い渡される予定だ。

最終更新日:2025年2月8日 9:00
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