胸が熱くなる、高校サッカー指導者の言葉
今年で100回目を迎える全国高校サッカー選手権大会。私、田辺研一郎(日本テレビアナウンサー)は、取材歴21年、これまで89回、90回、93回、96回大会の4度の決勝戦を含む50試合以上の実況を担当し、延べ300校近くの学校を取材してきました。
私のアナウンサー人生は、高校サッカーとともにあると言っても過言ではありません。私自身、中学時代に本格的にサッカーを始め、高校時代はJEF市原(現JEF千葉)、大学時代は体育会でプレーしました。縁あってサッカーに関わる仕事に就いたこともあり、常にサッカー界に恩返しをしたいと思いながら過ごしてきました。
100回大会を迎えるにあたり、数十冊にわたる過去の取材ノートを整理しました。その中から指導者の方々の高校サッカーにかける珠玉の言葉を厳選して紹介したいと思います。
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まず、戦後最多タイ6度の優勝を誇る、長崎県・国見高校を率いた小嶺忠敏監督(当時)の言葉です。
「生徒と接する時はいつも真剣勝負です。教えるという気持ちより、私自身、生徒に負けないようにいつも勝負している感じです。授業に遅れたことは一度もありません。水が低きに流れるのと一緒で子どもはどうしても楽な方に流れてしまうものです。だから学校と家庭でしっかり人間教育をしなければ強いチームはできません。日本のサッカーが強くなっていくためには人間教育をしっかり受けた選手が鍵を握ると思います」
自ら運転するバスで全国を遠征し強豪校に育て、比類なき情熱家と言われる小嶺先生は対戦相手との勝負よりむしろ自分たちの生徒と勝負をしていたことに驚きました。
続いて、国見高校と同じく戦後最多タイ6度の優勝を誇る東京の帝京高校を率いた古沼貞雄監督(当時)の言葉です。
「高校サッカーは決して頂点ではない。人生の5合目か6合目。人生の頂点を目指して果敢にアタックするための準備期間なんです」
勝負師として知られる古沼監督は、準備期間に何が必要か選手一人一人の個性を見抜き、声かけを行う最強のモチベーターでした。
次に、帝京高校と「雪の決勝」を演じ、76回大会(1997年度)、77回大会(1998年度)と連覇に導いた東福岡高校・志波芳則監督(当時)の言葉です。
「サッカーは学校教育における最高の教材です。毎日の練習はドリルと一緒。毎日、毎日繰り返すことで自分のものになっていく。トレーニングにここで終わりというものはない。このくらいで良いだろうという気持ちになった瞬間に成長は止まってしまう。繰り返すことで自分のものになるんです。私は声をかけたあとの子どもたちのうなずく顔を見るのが好きなんです。ちょっとのヒントを与えグラウンドの中で言われたことができたときの自信に満ちた表情を見るのが好きなんです」
焼酎のコーヒー割りを飲みながら、子どもたちの事をうれしそうに話す志波監督の表情が忘れられません。
あの本田圭佑選手を育て93回大会(2014年度)で優勝した石川県・星稜高校の河崎護監督(当時)も同じようなことをおっしゃっていました。
「素直さこそ強さの基本。みんな本田圭佑は生意気だったのでは?と聞いてくるけれど、実は本田圭佑はこれまで指導してきた選手の誰よりも素直な子だった。人がたくましく成長する過程で素直さは最大の武器だと思います」
86回大会(2007年度)で、千葉の流通経済大学付属柏高校を日本一に導いた本田裕一郎監督(当時)は、高校サッカー指導歴40年以上。青竹を例に指導への思いを語ってくださいました。
「20歳までは青竹をしならせながら色々吸収できる。20歳を過ぎるとヒビが入ったり、ぽきっと折れる。高校生の変化をみるのが楽しい。今日言った事が明日できる。みんな自分を成長させたい、自分を変えたいと思っている。でもね、18歳が最後だよ。“今が一番吸収力があるんだよ”といつも子どもたちに伝えている。やっぱり成長の変化をみるのが楽しい」
最後に、歩くように攻める!テクニック集団「シズガク」を率いて74回大会(1995年度)で優勝に導いた静岡学園高校・井田勝通監督(当時)の言葉を紹介します。
「一流の選手を超一流にするのは簡単だ。二流、三流を一流にすることに大きな喜びがあるんだ」
口元に笑みをたたえながらクレー射撃の銃声が響く谷田グラウンドでサングラスの奥の瞳を光らせていました。
名将たちの言葉を聞くと、改めて高校サッカーの根底には部活動を通じた人間教育があることがよくわかります。サッカーの結果より大事なその先の人生に繋がる“何か”を得てほしいと願う指導者たちの言葉に胸が熱くなります。
次回(1月7日)は、日本サッカーの未来へつながる名将たちの言葉をお届けします。