作家・西加奈子 両乳房を切除に迷いなかった 【菅谷大介、がんを知る】シリーズ 第2回
西さんは、乳がんの判明から寛解までの約8か月間を1冊の本にまとめました。自身初の完全ノンフィクション『くもをさがす』に込められたメッセージを菅谷アナが取材しました。
西さんは2004年作家デビュー。2015年には『サラバ!』で第125回直木三十五賞を受賞するなど数多くの賞に輝いています。時には“ジェンダー”や“貧困”といった題材で社会問題とも向き合ってきました。そんな西さんの最新作が自身初の完全ノンフィクション『くもをさがす』。発売6日間で20万部を突破している話題作です。
■「楽しかった」カナダでのがん治療生活
菅谷:「本にしよう」と思ったのは、なにかあったんですか?
西:これは今までにない類いの正直さだと思ったし、とにかく本にするって読んで欲しい、誰かに読んで欲しいっていう思いが強くなってっていうのが最初で、あとは本当に正直に言うとこんな経験してんから金にしたい(笑)
菅谷:カナダでの治療って大変だなって
西:楽しかったです、でも
菅谷:えぇ!?
西:もちろん大変なこともあったんですけど、看護師さんたちが特に先生もそうでしたけど、明るかったです。
菅谷:書かれている言葉も関西弁だったりするので、すごくフランクな感じに。
西:そう聞こえたんです。
実際の著書には、看護師の話す英語が“関西弁”で訳されていて「もちろん、決めるのはカナコやで」「カナコのがんはトリプルネガティブなんや、オッケー! 早よ治そう!」など軽快なやりとりを表現しています。
西:抗がん剤で髪も抜けますし、私もウィッグとかかぶらずにいっていたんですけど、やせちゃうじゃないですか。そういう状態で行っても「ハイ加奈子めっちゃいいやんその服」「どこで買ったん?」みたいなそういう感じでした。患者としてはもちろん扱ってくれるんです。プロフェッショナルなので彼女たちは、でも一度も「かわいそうな患者」とは扱われたことはなかったんですね、それは本当に救われました。
菅谷:僕も看護師さんからやっぱり、励まされる部分っていうのはやっぱりあったりとか、こそこそっと「(テレビで)見てますよ」とか言われたりして、日常に戻るというか
西:看護師さんたちにとったら日常ですもんね。
菅谷:そうですよね。そういうのに助けられる部分ってありますよね。
西:めちゃくちゃ助けられました、私は。
■“両乳房切除” “再建もしない” 決断できたワケ
日常のわずかな出来事に救われながら治療を続けてきた西さん。その中で強いられた大きな決断が『両乳房を切除』でした。作品では“乳房を切除するコト”そして“胸を再建しない”という決断が、ありのまま描かれています。その判断ができたのは、がんを経験したからこその強い思いがありました。
西:きっとどこかで、例えばこういう体の状態で、私は女としてどうなんだろうということが少しでもあったら迷っていたと思うんですけど、一切そう思わずにすんだんです。他の人が「女でいたいんだったらこうあるべき」って言おうがそれは家族であろうが医師であろうが、知らん。 もちろん乳がんになった人みんな取ったらええやんではない、それはほんと人それぞれなので、私の体がどうありたいかだから、私の体の声、心の声にきちんと向き合って「オッケーもういらんな」って思いました。
菅谷:西さんの本を読んでいて確かにそうだよなと思ったのは「恐れ」なんですよね。手術の前や治療後の「恐れ」の話もされていたじゃないですか。そこの所がすごく共感できて。
西:治療が全部終わった時に本当におめでとう新しい人生やなって祝福してくれて、めちゃくちゃうれしいんですけど、どうしても「怖さ」がぬぐえなくて。朝起きたら不安なんです。なんでこんなに不安なんだろう?治療終わっているよな?子供も元気、 猫も元気、夫も元気 何がこんなに怖いんだろうっていう感じで本当に手探りで一日を始めるという感じだったので、これも書きたいというか、それがどういうことなのかというのを自分できちんと知りたいという思いがすごくありました。
菅谷:この不安ってぬぐえないですよね?どうやって乗り越えるんですか。
西:とにかく治療中もちろん治療後にも心がけていたのは「恐れ」を感じた時にとにかくその「恐れ」を抱きしめて向き合うっていうことを自分に課したんです。それは人それぞれのやり方だと思うんですけど、例えば自分は「怖いな、何が怖いんだろう、こういうことが怖いんや、じゃあ何でそれが怖いの、そう思ってんねんや」とどんどん解体していく。とにかく「恐れ」と向き合うということをして。この「恐れ」は誰かから与えられたものではないですよね?自分の体で作ったものなのでそれもやっぱり尊いんですよ。なので幸せやって思う感情と同じくらい「恐れ」も愛すべきというかきちんと感じるべきだと思ってすごく向き合って自分のものにして今ここまで来ているという感じですね。
■本を読んでくれた“あなたに伝えたいこと”
作品の最後にはこのような文章が書いてあります。「私の体のボスが私であるように、あなたの体のボスはあなただ。」西さんには作品を通して伝えたいメッセージがありました。
西:あなたの体はあなたのものです。あなたの命はあなたのものです。あなたの人生はあなたのもの。あなたの性はあなたのものです。あなたがどうありたいかは、あなた以外決められないし、あなたの感情はあなた以外にジャッジされるようなことではない。もっと言うと自分の人生を奪われるなって言っちゃいがちやけどそうじゃなくて、やっぱり自分以外の誰かの人生を奪ってはいけない。絶対に自分以外の誰かの人の生き方を誰かが口出しするいわれは全く無い。奪うなということも同時に言いたい、それは自分自身にもむけてですけど。
■菅谷アナの取材後記「『西加奈子』という小説を読んだよう」
西加奈子さんの明るさと前向きさ、そして的確な言葉と表現。その一つ一つが心にしみてきました、と同時にこれまで私が思い悩み、抱いていた感情のもつれをひとつひとつひも解いてもらいました。
西さんがこれまでの小説の中でも書いてきた「生きていること、それ自体素晴らしい」という思い。それを改めて西さんの言葉として聞き、ホッとすると同時にそっと背中を押してもらったような気がします。特に「恐れも愛すべき、尊いもの」という西さんの考え方はこれからの生きる支えになりました。
小説が「人間とは、人生とは」を語るものだとしたら、今回の対談を経て「西加奈子」という小説を読んだような感じがします。そして、それはすがすがしい読後感です。「続編」としてまたいろいろお話しできる時を楽しみにしたいと思います。