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インティマシーコーディネーターの導入で何が変わるのか 俳優の「できません」は当然の権利

2024年7月9日 23:20
インティマシーコーディネーターの導入で何が変わるのか 俳優の「できません」は当然の権利
インティマシーコーディネーターの導入で何が変わるのか 浅田智穂さんにインタビュー
映像作品の性的なシーンにおいて、俳優の安全を守り、監督の演出意図を実現できるようにサポートするスタッフ・インティマシーコーディネーター。 近年、映画やドラマの現場でインティマシーコーディネーターの導入が進んでいます。一方で、性被害が描かれたある作品において、主演俳優がインティマシーコーディネーターの参加を望んだにもかかわらず、監督が受け入れなかったとされ、SNSなどで問題視する声があがっています。

映像作品づくりにインティマシーコーディネーターが参加することで、何が変わるのか。これまで約50本の作品にインティマシーコーディネーターとして参加した、浅田智穂さんにお話を伺いました。

■インティマシーコーディネーターとは? 「できません」は俳優として当然の権利

映像制作において、俳優がヌードになったり、肌の露出が多いシーン、それから疑似性行為をするシーン、身体的接触があるシーン、そういった性的なシーンは“インティマシーシーン”と呼ばれます。そのようなインティマシーシーンの撮影時に、俳優の身体的・精神的安心安全を守りつつ、監督が思い描くビジョンを最大限実現させるためにサポートするのが、インティマシーコーディネーターです。

インティマシーシーンを撮影するにあたっては、まず台本からインティマシーシーンにあたる箇所をピックアップし、監督から該当シーンの細かい描写を吸い上げ、俳優がその描写の中でどこまで許容できるのか細部まで確認し、同意を取るといいます。

浅田さん:その時に“できます。同意します”と(俳優が)おっしゃっても、撮影の当日に“やっぱりできません”ということができるんです。俳優の当然の権利なんですけれども、それが皆さん驚かれますね。(事前の)面談の時にできますっていうことをおっしゃっていても、そこから撮影が長く続くと、実際のインティマシーシーンの撮影まで、数か月あくこともあるんです。その途中に考えが変わったり、プライベートで何かそれをやりたくなくなってしまったりするようなことがあったり、あってはならないことですけど、共演者だったり、監督からハラスメントを受けたとかいうこともあり得るので、その時の同意というのはいつでも覆せる。

■男性俳優からもインティマシーコーディネーターを望む声

――インティマシーコーディネーターとして現場に入る際に、大切にしていることはどんなことですか?

浅田さん:一般的に「インティマシーコーディネーターは女優を守る」とか、そのように考えられていることが多いんです。でもそうではなくて、“いい作品にしたい”っていう気持ちがあって、その上で俳優たちを守っていくということなので、大切にしていることは、やはりそのバランスです。俳優だけを守るわけではなくて、いい作品にするために、監督のビジョンがあって、出演者がいて、そこでどうすれば一番いい作品が撮れるかっていうところのバランスをやっぱり気をつけないと、どちら側かに寄ってしまうということはできるだけ避けるようにしています。

――これまで携わった作品では、俳優からの要望がきっかけだったケースが多いですか?

浅田さん:半分ぐらいはある気がしますね。明らかにインティマシーコーディネーターを入れてくださいとおっしゃったケースですと、去年放送されていたNHK『大奥』で、髙嶋政伸さんがとても難しい、自分の娘に性的加害をするという役を演じるにあたって、インティマシーコーディネーターを必ず入れてくださいとプロデューサーにお願いしていたというケースもありました。今まではどちらかというと、やはり女優を守るとか、そう思われているところに、男性、それも加害者役の方が発言をしてくださったのは、そういう仕事なんだっていうふうに一般の方に伝わったのではないかなと思っています。

■主演俳優の意見がむげに…浮かび上がる懸念点

映画やドラマの現場でインティマシーコーディネーターの導入が進む一方、性被害が描かれたある作品において、主演俳優がインティマシーコーディネーターの参加を望んだにもかかわらず、監督が受け入れなかったとされ、SNSなどで問題視する声があがっています。

――インティマシーコーディネーターという職業がこのような形で注目されたことについて、浅田さんは今どう感じていらっしゃいますか?

浅田さん:インティマシーコーディネーターというものが、そのような形で話題になってしまったことがまずとても残念です。主演俳優の“インティマシーコーディネーターを入れたい”という気持ちがむげにされてしまったということが一般的に広がっていくと、“主演俳優でもだめだったんだ”と、役名のない方とか、経験が浅い方、エキストラの方が、どんどん言いづらくなってしまうのかなと思っていて、私はそこが心配でした。

インティマシーコーディネーターを入れなかったからこうなったんだみたいなことになってくると、今後“とりあえずインティマシーコーディネーター入れとこう”とかっていう考えの方が増える可能性があると思うんです。今まで仕事をしてきて、“ああ、そこまで必要とされてないな”と感じることは、やはりありました。なので、今後、“とりあえず入れる”とか、“入れなきゃいけないから入れる”っていう考えが増えてしまうと、なかなか私の(本来の)役割を果たすことが難しくなるなと思っています。

■監督と俳優の関係 「そこにパワーバランスがあることを気づくことがとても大事」

――俳優の意見と監督の意見が一致しなかった場合に、浅田さんとしてはどのように合意形成していくべきだと思いますか?

浅田さん:インティマシーコーディネーターを入れるか入れないかっていうところに関しては、私は雇われる側なので、「入ります!」とは言えないんです。

予算であったり、スケジュールであったり、いろいろなことをプロデューサーは考えた上で、入れる入れないっていう判断をされていると思うので、そこに関しては私が何かこう介入するのは難しいんですけれども、インティマシーシーンと言われているヌードであったり、性的な描写があるシーンにおいて、監督と俳優の意見がこう合わないという時は、まずそこにパワーバランスがあることを気づくことがとても大事だと思うんですね。

よく監督が「信頼関係があるから大丈夫」っておっしゃるんです。でもその信頼関係ってすごく危ういもので、信頼関係があると思っているのは監督だけで、「何でも言ってね」って言って、何でも言える俳優はとても少ないと私は思っています。

監督、プロデューサーというのはキャスティング権があるといいますか。次に使う使わないとか、そういうことにもやっぱり関わってくることなので、やっぱりパワーバランスっていうのは、潜在的に存在するもの。それをなくすってことはできないです。なので、そこでどうやってうまくやっていくか。監督は、自分はいかに権力を持った人間かっていうことをきちんと認識して、その認識を持って、俳優に対して接することが大事だと思っています。