これで「分配」できますか~問われる本気度
税制改正を取材し始めて5年目。今回の議論は、まれに見る「短期決戦」だった。秋に衆院選があったため、与党の税制改正に関する議論が始まったのは11月後半。税制改正大綱が決まるまで、わずか2週間…政府の「本気」は見えたのか?
(経済部財務省担当 鈴木あづさ)
■「今年はネタないから…」
事前に話を聞いた与党の税制調査会メンバーは、こう予測した。「ま、今年(2021年)はネタないから、すんなり終わるでしょ」
実際、ふたを開けてみれば、年末に期限を迎える「住宅ローン減税」の見直しや固定資産税のコロナ特例の縮小など、今回決めなければならない既存の制度の修正ばかり。
唯一の目玉は総理の「分配政策」を推進する「賃上げ税制」。税額控除の上限を中小企業は25%から40%に、大企業は20%から30%と大幅に引き上げた。賃上げにも設備投資にも消極的な大企業には投資減税の優遇を停止する、いわば罰則ともいうべき措置を盛り込んだ。アメとムチ、両面で賃上げを促進しようという作戦だ。
■賃上げ、効果みえず
大綱をとりまとめた後の会見で、「成長から分配への大きな政策の第一歩を税制で支援する体制ができた」と自民党税調の宮沢洋一会長は胸を張ったが、その効果には首をかしげざるを得ない。飲食店を経営する中小企業の経営者は、「そもそも利益が出ていないのでメリットがない」と語る。
実際、法人税が払えていない赤字の中小企業は恩恵にあずかることができない。また、すでに3年前に全従業員の基本給を上げた食品メーカーの役員は、さらなる賃上げには原資が必要となるため、今、新たな市場開拓や作業の効率化に取り組んでいるとしたうえで、「一時的な優遇措置は単発的に終わってしまうので、政府には継続的な景気の拡大をお願いしたい」と語った。
13年から安倍政権のもとで賃上げ税制は何度も繰り返されたが、思うような効果は上がらず企業の内部留保ばかりが増え続ける結果となった。政府が税制で生産性の低い企業の賃金まで一括して押し上げてしまっては、がんばっている企業が報われず、市場の自律性をゆがめる結果にもなりかねない。
■「新しい資本主義」はどこへ?
そもそも税制は岸田政権がめざす「成長と分配の好循環」の実現に向けた重要な要素の一つだ。だが、少子高齢化が進み続ける人口減少時代に増大する社会保障費を踏まえた税負担のありかたや脱炭素社会の実現など、中長期の課題は触れずじまい…コロナ禍において、世界各国も巨額の財政出動をしたが、いま、欧米の先進国はその財源を示し始めている。
だが、我が国においては、今回の税制改正で負担増につながる財源論は一切出なかった。22年夏には参院選が控えているという政治的な背景もあるだろう。税制改正大綱は「財政健全化に向けて改革を続ける」としたが、その具体的な道筋は見えないままだ。
■「分配」…本気度に疑問符
だが、今回は岸田政権初の税制改正だった。本来、総理がめざす「分配」政策とは、豊かな人から経済的に困窮している人に向けて富を分配する政策のはずだ。だが、総理が分配政策として事前にあげていた金融所得課税の強化や、炭素税などは議論が見送られ、結論を出す時期すら示されなかった。
金融所得課税をめぐっては、岸田総理は就任後初めての記者会見でいわゆる「1億円の壁」に触れ、金融所得課税の見直しも「さまざまな選択肢の一つとしてあげさせていただいた」と述べていた。
「1億円の壁」というのは、所得が1億円を超えるあたりから逆に所得税の負担が軽減されていくことで、かねて「金持ち優遇」だとの指摘が出ていた。富を分配し、皆が暮らしやすい公平な社会を実現することは税の基本的な役割だ。ならば、株式などを運用して利益を得る富裕層の金融所得への課税強化について、少なくとも議論をすべきではなかったか。
株価への影響など、目先の懸念にまどわされて「難題」を避けたようにも見える。本質的な議論を先送りした今年の税制改正を見る限り、「分配」への本気度には疑問符がつくと言わざるを得ない。22年こそは長期的な視点にたって「成長と分配の好循環」を実現する本気の改革に取り組むことを期待したい。