水素を大量に輸入せよ~CO2削減への挑戦
港町神戸にある川崎重工業の造船所。入り口の厳重な警備を通り、敷地の奥へ案内され進んでいくと、そこに現れたのは、世界で初めて「液体の水素」を運ぶことができるタンカー「すいそふろんてぃあ」だ。
このタンカーが日本の「カーボンニュートラル」を実現するための切り札になるかもしれないと言われている。
■世界初の液化水素タンカーの役割
政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」を宣言した。
日本では、石炭や石油を燃やす火力発電を中心に電力をまかなっている。この発電の際に発生するCO2を減らさない限り、カーボンニュートラルの実現は難しい。
そこで、注目されているのが「水素」をエネルギーとして活用することだ。
水素は、石炭などの化石燃料とは異なり、燃焼時にCO2を排出しない。しかし、その輸送に課題がある。
水素は常温では気体の状態で、運搬の際にかさばってしまう。気体のままでは、一度に運べる水素の量は非常に少ない。
その課題を解決するため、川崎重工は独自の技術を用いることにより、大量の水素を-253度まで冷やし、気体だった水素を液体にすることに成功した。体積が気体の800分の1に減らせることになる。
世界初の液化水素専用タンカー「すいそふろんてぃあ」は、一度に75tの液化水素、燃料電池自動車に換算すると、1万5000台分の水素を運ぶことができる。
今後は大型化して、一度に多くの水素を運べるようにし、運搬コストをさらに下げる狙いだという。
■日本から9000km離れた所で水素を製造するワケ
オーストラリアの南部に位置するビクトリア州のラトルブバレー。そこにある炭田では「褐炭」といわれる若い石炭が採掘されている。
機関車などに用いる黒々とした「石炭」はおよそ3億年前のものだが、「褐炭」は生成されてから1億年未満の比較的若い化石をさす。
この褐炭は、乾燥すると発火しやすくなるため、これまで資源としては利用されてこなかった。
電力会社のJパワーや川崎重工はそこに目を付け、褐炭を利用して、水素の製造開発を始めている。このラトブルバレーの炭田だけでも日本の総発電量の240年分に相当する埋蔵が確認されている。
製造された水素は、オーストラリアで液化され、先ほどのタンカー「すいそふろんてぃあ」に積まれ、はるばる9000km離れた日本へ運ばれるのだ。
■日本のCO2排出削減には火力発電を見直すことが不可欠
日本に運ばれた水素は、水素自動車やバスなどの燃料だけでなく、発電のためのエネルギーに使用される予定だ。
日本のCO2排出量の4割を占める、発電所や製油所などの「エネルギー転換部門」で水素を利用することで、CO2削減に大きく貢献できるといわれている。
そのためには日本国内に水素を燃料とした発電所の建設が必要となる。
しかし、コストの面で採算が取れないために、水素だけを利用した発電所はまだ実用化されていない。
■水素をエネルギーとした発電
神戸市のポートアイランドの市街地。ここに実証実験をしている水素発電所がある。
この発電所は、水素燃料を燃やしてタービンを回して発電をすることで、世界で初めて近隣の公共施設に電気を供給している。
水素発電所のメリットとは何なのか。
川崎重工の水素チェーン開発センター長を務める西村元彦氏は、「太陽光や風力などと言った天候などに左右される再生可能エネルギーと異なり、水素であれば、石炭や石油の発電所のように出力を自由に上げ下げできるため、安定した電力供給が可能になる」と説明する。
政府も国家戦略として、今後、発電セクターでの水素の利用をさらに後押ししていく考えだ。
水素市場は今後、世界でも急速に拡大すると言われている。
日本が主導権を握れるのか。目標とする2050年まで残された時間は決して長くはない。