海外留学経験~重要度増す背景は
海外留学を志望する日本人学生が減っていることを憂慮する声が経済界から聞こえてくる。留学経験の有無が社会でもたらす意味は、今までとこれからでは大きく異なる見通しだ。
■中国60万人 vs. 日本10万人
「海外に留学した中国人の数、1年間で60万人規模だったんですよ。60万人って、日本の大学1年生全員が留学しているようなものなんです」(新型コロナウイルス感染拡大前の人数)。
そう焦りを見せたのは、経団連で「大学改革」を担当する第一生命ホールディングスの渡邉光一郎会長だ。
“経団連が大学改革”というのはどういうことか?
経団連は2019年1月、国公私立大学のトップらと「産学協議会」を発足させた。大学側のメンバーは東大、筑波大、早稲田大、上智大などの総長、学長ら。経団連側は経団連の会長、副会長たち。つまり、日本の産業界をリードする大企業の会長、社長らだ。
発足の理由は会の正式名称からうかがえる。「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」。
大学側の「学生が就職活動に時間や気を取られ、学業に専念できない」という悩みと、産業界の「大学できちんと勉強してきてほしい」という願いをすりあわせる場として発足。以来、急ピッチで課題の整理、解決を進めてきた(例:インターンシップと称した青田買いをなくすため、インターンシップの開始時期を大学3年以降とし、座学だけでなく「期間中半分以上は職業体験を実施する」などのルールを決定)。
その産学協議会をリードしてきた経団連・渡邉氏。冒頭の中国人学生の留学の多さをうらやむ発言は、日本の若者に抱く危機感の裏返しだ。
渡邉氏は、日本テレビのインタビューで、「(コロナ禍で)留学が急速にしぼんでいる。グローバル人材を育成していく上で大きな問題だ」と指摘した。
新型コロナ感染拡大前は、海外に留学する日本人の数は約11万5000人。中国人の60万人とは大きな差だ。しかし、2013年度には6万人台にとどまっていたところを政府が留学資金の支援を行い、増加していたところだった。それがコロナ禍で2020年度は1487人にまで落ち込んだ。
■日本人留学生が少ない理由は……
留学を後押しする団体で直に学生の生の声を聞いている一般財団法人・海外留学推進協会の上奥由和事務局長に、日本人の留学が少ない理由を聞いた。
「学生は知らないんです。自分たちが就職する時も、今と同じ日本だと思っている。人口減少、少子高齢化。日本市場はますます縮小し、海外市場を相手にしないと日本企業は立ちゆかない。日本にいても海外から外国人が入って来て、上司、部下、同僚が外国人になる。日本国内のグローバル化が進む。異文化を理解してやっていかないといけない」。
将来を見れば、グローバル人材への成長を促す留学が大切なことは明白だが、学生たちにそういった情報は十分に届いていないという。また、留学費用や就職の面で不安があり、不安を解消する適切な情報にたどり着くところまでいかず、「無理だ」とあきらめてしまうことも多いという。
■「グローバル人材」で企業から出てきた共通の言葉
では留学で期待される「グローバル人材」とはなんなのか?
もともと海外を飛び回る業種の商社「三井物産」、グローバルな人材を活用できるような人事制度を他社に先駆けて導入した「日立製作所」、そして海外での大型M&Aなど海外事業の拡大を進める「SOMPOホールディングス」にグローバル人材について聞いた。
3社いずれの答えにも「あるキーワード」が入ってきた。「多様性の受け入れ」だ。
日立製作所は新卒採用に求める能力に「ダイバーシティ(多様性)を受け容れるマインド」を設定。学生時代に様々な経験を通じて“多様な文化的背景や価値観を受け容れ”、知性と粘りをもって交渉、協働する力を育んでほしいと期待する。
SOMPOホールディングスも、グローバル人材の資質として「“異文化理解力”や、他者の気持ちを理解する能力」が大切だという。「国内、海外、どんな業務に関わっていても“異文化理解力”やあらゆるソースから情報を収集する力など、一定の『グローバル人材』の素養は必要になってくる」「新規事業や提携などを考えた際に海外を選択肢に入れられることで、プロジェクトの成功確率を高められる」としてグローバル人材が必要だとしている。
そして三井物産は「経済もビジネスも、もはや国境で規定できない」ことからグローバル人材が必要で、学校教育にも“多様性との接点、理解、受容”、そして「強いアイデンティティの土台の確立」を期待している。一方で、グローバル人材の確保については、世界各地の優秀な人材の採用と育成を強化し、日本採用社員を中心とする事業運営からの脱却に取り組んでいるという。
■企業の「グローバル人材受け入れ」態勢は……
先進企業がこのようにグローバル人材の育成、採用に取り組む一方で、日本全体では海外留学した日本人学生が就職しやすい国になっているのだろうか? 対応はまだ一部の企業に限られているのが現状だ。
経団連が3月に発表した報告書によれば、「海外留学から帰国する学生を採用しやすいよう採用時期を複線化する傾向が“強まっている”」というが、現在新卒者について年間を通して採用機会を設ける「通年採用」を行っている企業は32%。5年後の予定としても55%にとどまる。
学生に対して、留学してグローバル人材に成長することを期待するなら、日本企業はそうした人材を迎え入れる環境を整えることが必要だ。
そうでなければ、多くの優秀な人材は留学してそのまま海外の企業に就職するか、日本の外資系企業に就職してしまうのではないだろうか。