幽霊病床は“なんちゃって急性期”と同根
コロナ禍で浮かび上がった“幽霊病床”(=補助金を受け取りながら患者を受け入れない病床)の問題は、急性期医療を実際にはあまりしない“なんちゃって急性期病院”と同根だ。新型コロナウイルスは「世界に誇る皆保険」の日本の医療体制の課題を浮き彫りにした。緊急事態にも対応できるよう、医療の構造的な問題に切り込む必要がある。
■感染者が少なくてもひっ迫した医療
ようやく第5波がおさまってきたように見える新型コロナウイルス。日本は感染者数17万人あまり、死亡者数約1万8000人(10月15日現在)と、欧米各国と比べて桁違いに少ないが、早い時期から医療がひっ迫し、外来医療もアクセスが制限された。経済損失も大きく、感染者が多い欧米並みの巨大な財政支出をした。
医療現場では、限界まで立ち向かう医療関係者に感謝が集まる一方、一部の医療機関では新型コロナ診療を避ける姿勢も目立ち、バラツキは大きかった。新型コロナは、日本の医療の構造の「弱いところを突いた」という声がある。それは、病床や医療関係者が中小の病院・診療所に点在し、医療が「低密度」になって質にも影響しているという実態だ。
■“なんちゃって急性期病院”
けがや病気の急激な悪化に対し、集中的な治療を行う急性期病院。日本は人口ひとりあたりの急性期病床数が世界一。病院が受け取る診療報酬も多い「急性期病床」が過剰な一方、1床あたりの医師や看護師は主要国に比べ少ない。「急性期病院」と掲げる割には重症患者に十分対応できない“なんちゃって急性期病院”の多さがかねて指摘されていた。
新型コロナの感染拡大で人手のかかる急性期の患者が急増した時、200床以上の病院であっても受け入れの限界は早かった。病床の確保料として多額の補助金を受け取りながら、実際には新型コロナ患者を受け入れない“幽霊病床”も明らかになった。
■医療機関の経営と“素泊まり入院”
政府は、新型コロナ患者を診ない医療機関も含め、多額の支援金をつけた。財務省の資料では、新型コロナ患者ひとりあたりの補助金が、5916万円になった病院もあった。ワクチン接種でも多くの補助金が使われた。
ワクチンを1回うつごとの報酬は多く、例えばイギリスの1回約1900円に比べ、最大4倍近い報酬が医療機関に入った。地方で打ち手が不足した一方、東京では医師の日当が高い土日の打ち手に応募が殺到したという。
医療機関にとって経営の収支は重要だ。グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの渡辺幸子社長は、「今の診療報酬の体制では、病床を埋めないと経営が成り立たない」と話す。
経営維持のために行われているひとつが、“素泊まり入院”。入院しているが治療行為のない、例えば数日前から入院したり、治療が終わってももう少し滞在するなどの入院日を指す。手はあまりかからないが、1日分の入院の診療報酬が入る。グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの試算では、全国の病院合計で、素泊まり入院に年間最大8832億円の医療費が使われているという。
また、外来よりベッドを埋めるほうが利益になるので、外来医療で済む手術のために入院させることも多いという。欧米ではほとんど入院せずに行われている「白内障」の手術も、日本では半分ほどの患者は入院している。日本の急性期病床の平均在院日数は他の国の2倍以上だ。普段は手間がかからない患者もいて医療の密度が低い状態となっているところに、新型コロナの感染拡大が直撃。ケアが大変な新型コロナ患者に十分対応しきれなかった。
■医療の構造問題を解決するために
こうした医療を変えるために、渡辺社長は、診療報酬を「1回入院した診療への包括払い」にすることと、それぞれの治療の成果、「医療の質」を診療報酬に反映させることを提案している。症例が多いと治療の成果が良い傾向があり、地域での医療の役割分担が必要だ。
データが十分でないという問題もある。診療報酬を決める上で判断材料になっている「医療経済実態調査」は、調査対象が少ない。政府は医療機関の事業報告書から分析できるようにすることを、今年の「骨太の方針」にも盛り込んでいる。巨額をつぎ込んだコロナ補助金の効果もしっかり分析し、公開する必要がある。
また、ワクチン接種や感染者の家庭療養では「かかりつけ医がいない」ことが、改めて意識された。日本は医療機関は民間中心で経営の自由度が高く、患者側もその都度、自由に医療機関を選んで診てもらうことができる。しかし、普段から頼りにでき、診療の最初の窓口となる「かかりつけ総合医」を制度にして、軽症でも大病院に駆け込む現状を変えるべきだという声は高まっている。
私たちは「いつでもどの病院にでもかかれる医療」に落とし穴があったことを、新型コロナで実感することになった。新型コロナでの医療ひっ迫を受けて、「医師や看護師をもっと増やせ」という声もあるが、人口が急速に減る日本で、医療関係者ばかりを増やすわけにはいかない。貴重な人材や技術を最大限に生かし、役割分担と連携を強めた体制が求められる。
(写真はイメージ)