会社を“売る”中小零細が急増 後継者不在でМ&Aに脚光「社員が元気になった」企業買収のリアル
大阪府内で服飾店を営む70代の経営者が、苦渋の決断をした。
「会社を売ろう。誰かに買収してもらうしか会社を残す方法はない」
年を重ね、社長を務めることが気力的にも体力的にも難しくなった。勇退し後進に会社を託そうと考えたが、社長のポストを任せられる人材がいないことに気が付いた。
「従業員の雇用のためにも、会社はなんとしても存続させないといけない。でも、誰に任せればいいのか…」
思案に暮れていた時に目に留まったのが、「事業承継」に関するビジネスセミナーのチラシ。足を運んでみると、会社を残す選択肢として「M&A」があることを知った。すぐに仲介業者に連絡を入れ、話を進めることを決めた。
この実例は、決して珍しいものでははない。後継者が見つからず、他の企業に買収されることで会社を存続させる中小企業は増加の一途をたどっている。M&Aは決して大企業の話ではないのだ。
国もM&Aによる中小企業の事業承継を支援していて、今年秋にも支援を強化する策を実施する方針を示している。
「わが社は●●社に買収されることになった」
ある日突然、社長が従業員にM&Aの受け入れを発表する。こうした場面は決して他人事ではなくなっている。
■後継者の不在が高める倒産のリスク
「あなたの会社、次の社長は決まっていますか?」
こんな問いかけをされたら、すぐに回答できるだろうか?
「次はあの人だよね…」などと話が出るのは、ある程度規模の大きな会社ではよくあることだが、次期社長が誰かイメージできないという人も多くいるのではないだろうか。
「まだ先のこと…」と避けて通ると、傷口は広がっていく。後継者不在は、倒産リスクを高める深刻な問題だ。黒字経営なのに次を担う経営者がおらず廃業に追い込まれる…。そんなケースが増えているのだ。
大手信用調査会社の東京商工リサーチの調査では、後継者不在に起因する「後継者難」倒産は、2022年度に409件に上った(負債1千万円以上)。2018年度から5年連続で前年度を上回り、調査を開始した2013年度以降で最多を更新した。
社長が急死したり、体調を崩して業務できなくなったりした時に後継者がいなければ、あっという間に倒産に追い込まれてしまう。実際、今年度に入ってからも、創業100年以上の水産加工会社が代表者の体調面に問題が発生するなどして破産したり、一時は10億円以上の売上があった金属加工会社が社長の急死により事業を停止したりしている。
■顕著な社長の高齢化は「倒産に直結」
現在、日本では“社長の高齢化”が顕著だ。2022年に休廃業・解散した企業は4万9,625社で、そのうち70代以上の社長が6割以上を占めた。東京商工リサーチは「社長の高齢化は倒産や休廃業・解散に直結しやすくなっている」と指摘した上で、「金融機関だけでなく取引先でも、後継者の有無が与信判断の材料として重要性を増している」としている。
後継者不在により、倒産・廃業に追い込まれる企業の中には、いわゆる“オンリーワンの技術”を持っていたり、サプライチェーンの中で重要なポジションを担っていたりする企業もある。専門家は、事業承継がスムーズにいかないことは、国や地域の経済にとって大きな問題だと指摘する。
(東京商工リサーチ 情報部 藤本真吾さん)
「事業承継がなされず、代表者の高齢化が進むと一般に企業の生産性は低下する。すでに日本の経営者は高齢化が進んでおり、遅れれば遅れるほど事業承継の難易度は上がる。結果的にイノベーションが起きないことで中長期的に国力を損なう恐れがある。また、廃業となった場合、地域経済・住民生活に密着した企業であれば生活基盤の毀損に繋がる。具体的には商店街などの衰退や地元の雇用問題などが挙げられる」
■事業承継の選択肢としてM&Aに脚光
“高齢の経営者”に“後継者不足”。課題を抱えた企業を支援しようと様々な取り組みが行われている。
その一つが、国や自治体が運営する「事業承継・引継ぎ支援センター」。事業承継に関して、専門家が無料でアドバイスをしてくれる。一般的に事業を後進に引き継ぐには、3つのやり方がある。
①親族間承継:配偶者や子どもなど、経営者の親族を後継者とする
②社内承継:自社の役員や従業員を後継者とする
③M&Aによる承継
オーナー社長が会社の規模拡大や継続に注力し、後進の育成が後回しになってしまった結果、①の親族間承継や②の社内承継に踏み切れないという事態が往々にしてある。
そこで、近年、増えているのが、第三者の企業に自社を売って事業を残すM&Aだ。
大企業が関係するイメージがあるが、中小企業間でのM&Aの件数は着実に増加している。全国の事業承継・引継ぎ支援センターが仲介したM&Aの件数は2024年度で2000件を超え、ここ5年で倍増している。(中小企業基盤整備機構調べ)。
一般的なメリットとしては、
・幅広い後継者候補の中から後継者を選べる
・経営の経験者を後継者にすることで、経営の移行がスムーズ
・株式の譲渡で現経営者が利益を得られることもある、などがあげられる。
国内では決してイメージの良くないМ&Aだが、経験した経営者は「イメージとは程遠い」と語る
■M&Aの実情 なぜ買収・吸収を選ぶのか?
(M&Aを受けた元社長の男性)
「自分が社長の頃よりも、社員は元気かもしれない」
笑顔でこう話すのは、M&Aによって会社の事業承継をした男性。男性が経営していたのは、大阪府にある造花の卸会社で、従業員10人規模の小さな会社だが、創業から100年の歴史を持つ老舗だ。男性は、15年ほど社長を務めたが、精神的にも体力的にもきつくなってきたため、60歳を前に後進に道を譲ることを考えた。
ただ、経営者の重圧を従業員に押し付けることはできず、大阪府の支援センターにM&Aの仲介をお願いした。
「買ってくれるところはあるのか?」と不安に思っていたが、ほどなくして、意外にも4社から「買いたい」と手が上がった。4社すべての会社のトップと面談し、「従業員の雇用と生活の安定」を最も気にかけてくれた1社と契約を交わした。
男性は「金銭的な条件は4社ともそんなに変わらなかった。大阪府の支援もあったし、交渉が始まってからはそれほど不安な面はなかった」と語る。むしろ「これで従業員の雇用を守れる」と安心できたという。従業員たちもM&Aに理解を示してくれ、反発はなかった。
男性の会社は、買い手企業のもとで事業を継続することになった。新社長には、買い手企業の社長が就任したが、従来からの社名も雇用も守られた。変わったのは、経営のスタイルだという。
男性は「現場を細かくみる」スタイルの社長だったが、買い手企業の社長は「現場に任せる」スタイル。「自分が社長をしていた頃よりも従業員がやりたいようにやっていて、元気に見える」と話す。
男性は、社長を引退して以降、空いた時間を趣味に費やし第二の人生を謳歌している。「他の社長さんも同じように、まず従業員の雇用を一番に心配していると思います。きっちりとした相手先さえ選べれば、うまくいくと思う」とМ&Aについての考えを語った。
また、後継者の不在でМ&Aを選択せざるを得ないケースが多い一方、資金力のある企業にあえて買収されることで、事業拡大を狙う中小企業もある。中小企業の間でも、多角的な視点からМ&Aが選択されるようになっている。
■М&Aの障壁
一方で、M&Aがうまく行かなかったケースも多々ある。理由は様々だが、売却額の算定は大きな障壁となる。
(上田純也税理士事務所 代表税理士 上田純也さん)
「М&Aの場合、株を全部買い手企業に売却して経営権を渡すというやり方が主流だが、会社の価値の算定が問題となる。経営者の希望する価値と実際の計算結果には開きがあることもある。黒字の会社であれば、利益の何年分の価値を計算結果に乗せるか、などの交渉になる。また、М&A前に社長の退職金を払うか払わないかなども細かな決め事ではあるが、税制上のポイントになることもある」
事業承継をめぐっては、その方法によらず税務的な観点でもクリアするべきことが多く、税理士が相談の受け皿となることも多い。
また、「従業員の反発」により破談になることもある。一般的に、M&Aを模索していることは、売り手の企業内ではトップ以外の役員や従業員には伝えない方が良いとされている。社員からの反発によって、事が進まないことがよくあるからだ。実際、買い手企業も見つかり、契約締結まであと一歩のところで、トップが役員らに状況を伝えたところ猛反発に遭い、M&Aの話を白紙に戻さざるを得なくなった事例もある。
■M&Aをめぐるトラブルも増加 国が監視強める
М&Aをめぐっては、悪質な仲介業者や買い手企業によるトラブルが目立ち始めている。契約の締結後に買い手側が契約通りに事業を行わず、資金を抜き取ってしまうこともあるという。
また、仲介業者をめぐっては、悪質な業者が「不透明で高額の手数料体系を提示する」「強引でしつこい営業を行う」「今後も顧客となる可能性がある買い手有利の条件を提示する」ことが問題となっている。こうした状況に、国は、悪質業者への対応に乗り出す方針を示している。
(東京商工リサーチ 情報部 藤本真吾さん)
「業界ルールの厳格化や公的な枠組みとの組み合わせを積極的に進めていくことが必要で、売り手側は他の仲介業者からセカンドオピニオンをもらうなどすることが重要」
(上田純也税理士事務所 代表税理士 上田純也さん)
「必ずしも会社の顧問税理士が事業承継に精通しているとは限らない。大きな契約になるので、事前にリスクを排除する観点は必ず必要になってくる。中小企業庁の事業承継ガイドラインの確認や問題に精通した専門家に意見を求めることが重要」
■国内企業の社長の平均年齢は63.02歳、60代以上の構成比が6割超
東京商工リサーチの調べでは、2022年時点で国内企業の社長の平均年齢は63.02歳。2009年に調査を開始して以来初めて60代以上の構成比が6割を超えたという。後回しにすればするほど、後継者不在が経営に与えるリスクは高まっていく。
「なんとしても雇用は守りたい」経営者の切実な思いに、М&Aは“最良の一手”ともなりうる。一方で、日本では“身売り・乗っ取り”のイメージが未だ色濃く、経営者の決断が傷つかないよう保護する仕組み作りも道半ばだ。(取材報告:読売テレビ報道局 金崎浩)