【解説】香港民主化運動の現在地 デモが“消えた”…脱出香港出身者ら“独自の香港議会”目指す動きも 現状と課題は
2019年の大規模な民主化要求運動で揺れた香港は、2020年に制定された香港国家安全維持法で抗議デモを行うことができなくなりました。
関心の低下も指摘される中、“脱出組”からは独自の「香港議会」を目指す動きも。香港民主化運動の今について、国際部の坂井英人記者が解説します。
■デモが“消えた”香港 この夏、日本で公開された2本の映画
今、香港ではかつてのような抗議デモがほぼ行われなくなり、報道される機会も以前より減りました。
こうした中、日本ではこの夏、香港に関する2本の映画が公開されました。
■現在と過去が交差する『Blue Island 憂鬱之島』
「Blue Island 憂鬱之島」は、1960年代の文化大革命や89年の天安門事件など、激動の時代を生き抜いてきた香港の人々の物語を、2019年に起きた大規模デモの参加者を含む現代の若者たちが演じるという、独特な手法で製作されたドキュメンタリー作品です。
香港の将来に不安を感じる現代の若者が、かつて同じように困難を経験した先輩たちの人生を追体験し、語り合うさまも、そのまま作品の一部となっているという実験的な映画です。
■大規模デモに関わった人々追った『時代革命』
「時代革命」は、2019年の大規模デモの参加者たちに密着したドキュメンタリーです。
様々な立場、役割を担った人々の証言を重ねながら、平和的なデモが徐々に警察との激しい衝突に発展し、大きなうねりとなっていくさまが記録されています。
ただ、これら2本の映画は、香港での上映の目処はたっていません。香港の映画が、香港で上映できず、デモも行われなくなりました。
香港では今、どういう状況になっているのでしょうか? それを理解するために、まず香港の歴史を振り返ってみましょう。
■「民主化」は中国との約束?
香港はイギリスの150年以上にわたる植民地統治を経て、1997年7月に中国に返還されました。
中国が制定した、香港の憲法にあたる「基本法」は、香港に「高度な自治」を認める「一国二制度」を返還から50年間維持すると明記しています。
中国本土では許されない政府や共産党への批判を含む、言論、集会の自由も守られていました。さらに、香港トップの行政長官は、普通選挙による選出を最終目標としています。「民主化」というゴールは中国も認めたものだった、という期待が香港の人々にはあったと思います。
■行政長官選挙から民主派候補“排除”決定 抗議の「雨傘運動」成果なく
しかし2014年、行政長官選挙をめぐり、中国側が民主派の候補を事実上排除する決定をしました。これに対する抗議が、香港中心部で参加者が道路を埋め尽くす「雨傘運動」になったのです。
しかし、運動は2か月以上続いたものの、「真の普通選挙実施」に向けた成果は得られませんでした。
■史上最大「200万人デモ」 一部は警察と激しい衝突
そして2019年、中国本土への容疑者の身柄引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への抗議運動が急速に巨大化し、民主化運動に発展しました。
6月16日のデモは、主催者発表で香港史上最大の200万人が参加したといいます。
警察が武力で抑え込もうとすると、デモ隊の一部は過激化し、火炎瓶なども登場しました。こうした混乱が半年以上続いたのです。
■「国安法」「選挙制度変更」…一国二制度は事実上“崩壊”
一方、中国政府は民主化要求には一切応じず、徹底的な取り締まりに乗り出しました。
まず2020年、「香港国家安全維持法」、いわゆる「国安法」を一方的に制定します。これにより、警察は政府に批判的な動きを幅広く「国安法違反の疑い」として取り締まることが可能になり、デモ参加者、民主活動家や中国政府に批判的なメディア幹部が次々と逮捕されました。
また、国安法には国籍を問わず、全世界の人々に適用されると記されています。
翌年の2021年には、立法会議員の選挙で民主派を排除する制度変更を行い、議会から民主派議員は姿を消しました。「一国二制度」は事実上崩壊したとまで言われています。
■香港「脱出組」模索する独自の「香港議会」
民主化運動に関わった人たちの一部は、イギリスやアメリカ、台湾などに逃れました。こうした香港出身者の一部が、2022年7月、全ての香港の人々による普通選挙を実施し、独自の「香港議会」実現を目指す組織を立ち上げました。香港から投票に参加した人が特定できないような仕組みを作るとしています。
ただ、実現可能性を疑問視する声や、不参加を表明する著名な民主活動家もいて、今後、どれだけ支持を拡大できるかが問われることになります。
■日本の香港出身者団体 活動長期化で新たな課題
香港の外というと、日本でも香港出身者の団体が民主化を求め活動していますが、長期化する中で、彼らには新たな課題が出てきています。
比較的規模の大きな「Stand with HK@JPN」で中心メンバーを務める李イ棠さん(※イは王ヘンに韋)によりますと、2020年頃には中核となって活動するメンバーが20数人いましたが、今は10人程度と半分に減ってしまったそうです。メンバーには留学生など若い人が多く、国安法の影響や、卒業や就職などライフステージの変化が理由とみられるということです。
また、かつてこの団体で活動し、就職を機に東京を離れたあるメンバーにも話を聞きました。彼の就職先の若い日本人の同僚たちは、そもそも香港どころか世界情勢に全く興味を持っていないそうで、「香港について知ってもらう」という活動の第一歩すら、全く広がっていなかったと無力感を持ったそうです。
また、活動を始めた2019年や20年は「勝つぞ」という気持ちが強かったそうですが、今は、諦めてはいないが、「限界は感じた」と話しています。
■映画『時代革命』監督「香港だけでなく全世界の問題」
冒頭に紹介した映画「時代革命」のキウィ・チョウ監督。今も香港にとどまっているのですが、今回、取材に応じてくれました。
キウィ・チョウ監督
「(香港の人々には)大きなトラウマがあります。多くの人が逃避し、暮らしの中の娯楽で自分を麻痺させようとしています」
「それでも闘っている人はいます。数は非常に少ないですが」
「関心を持続させ、(運動の)火を保ち続ける。これはドキュメンタリー映画ができる機能です」
「観客にわかってほしいと強く希望しているのは、この出来事は香港だけではなく、全世界の問題だということです」
表に出てこなくなったからといって、香港の人々の自由や民主化を求める気持ちが消えたわけではありません。日本人としても香港の人々の声を受け止め、粘り強く関心を持ち続けることが大切だと思います。