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SDGs研究第一人者に聞く…米国の実情は

2021年12月31日 12:07

日本のSDGs研究の第一人者、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史(のりちか)教授が21年8月からアメリカ東部メリーランド州に拠点を移し、研究活動を行っている。バイデン政権が気候変動対策に力を入れる中、アメリカのSDGsの現状は?
(聞き手 NNNワシントン支局長 矢岡亮一郎)

バイデン大統領はCOP26で「この10年が決定的に重要」と脱炭素への決意を力強く語った。国内では、電気自動車の充電ステーション50万か所の設置を含むインフラ投資法を成立させ、気候変動対策を盛り込んだ200兆円規模の大型歳出法案の成立を目指す。しかし、蟹江教授からは意外な言葉が。

――アメリカでSDGsはどれだけ浸透?

アメリカで「SDGs」という言葉はほとんど聞かれない。その代わり「サステナビリティ(持続可能性)」がバズワードになっている。アメリカでは、もともとジェンダー平等などSDGsの一部の概念が人々の意識の中にある。あえて「SDGs」と言わなくてもいいのかもしれない。

――進んでいるのか?

ダイバーシティ(多様性)、女性の活躍など一部で進んでいる分野もあるが、全体的には遅れていると言わざるを得ない。スーパーなどに行っても使い捨てプラスチックがあふれ、「大量生産・大量消費・大量廃棄」が国民の意識に根付いている。

またアメリカには「科学を信用していない人」が一定数いる。ワクチンがわかりやすい例だが、都市部には、科学のデータを信用している人も多いが、地方に行けばワクチン懐疑派が増える。アメリカ人の友人にも「ワクチンはリスクがあるから子供に打たせない」と話す人がいる。「打たないリスクもあるのでは」と問うと明確な答えはない。「風邪の一種だ」「布きれ1枚では防げない」などエビデンスに基づかない声も聞く。

同じ事が気候変動にも言える。データを自分なりの誤った見方で解釈している人がいる。日本では見られない現象が起きている。党派対立、左右の分断も激しい。科学を信じないことは、SDGsが浸透しない一つの要因かもしれない。

――アメリカの科学のレベルは世界最先端だが。

アメリカには優秀な研究者が多い。例えばコロラド州立大学は、世界最先端の環境問題の研究機関だ。ボルダーは人口10万人の小さな街だが、気候変動関連の大きな研究所もあり、多くの研究者が集まっている。ボルダー市民の意識も高い。

西海岸では、ロサンゼルスも28年に五輪を控えてサステナブルな取り組みが進んでいる。国際イベントに合わせて市民の意識も高まっていく。

――バイデン政権の「SDGs」への取り組みは?

重要法案の一つ、インフラ投資法に盛り込まれているEV充電ステーション50万か所設置は、気候変動対策(目標13)、エネルギー(目標7)、強靭なインフラ整備(目標9)、まちづくり(目標11)など多くのSDGsに貢献するものと言える。

アメリカでは都市部で充電ステーションが増えつつあるが、地方ではまだまだ。インフラが変われば、再エネシフトへの準備も整う。またインフラ投資法で、道路の整備もSDGsにつながる。交通網を整え、燃費向上や渋滞緩和につなげることができれば、自動車の温室効果ガス排出量を抑えられる。

ただ、インフラ投資法だけでは不十分。もう一つの気候変動対策を盛り込んだ大型歳出法案の成立が必要不可欠となる。

――目標17(パートナーシップ)のバイデン政権の取り組みは?

バイデン政権は、トランプ政権とは異なるが、SDGsを掲げる国連と一緒に取り組もうという感じもない。アメリカは伝統的に「マルチ(多国間)外交を自らの政策推進に利用しよう」というスタンス。SDGsでも同じことが言える。

――バイデン政権で進んでいるのは?

目標5のジェンダー平等。ハリス副大統領の誕生は象徴的な出来事だった。「ガラスの天井」を破るところまできている。バイデン政権の閣僚も女性が多く起用され、ホワイトハウスの報道官も女性。すごく意識しているのでは。

ただ、世界経済フォーラムの男女格差指数でアメリカは30位。欧州の国々には及ばない。日本は120位と大きく遅れている。

目標8の働き方、目標11の住み続けられるまちづくりもアメリカの意識は高いと感じる。目標7のクリーンエネルギー、目標13・14・15の環境系は、バイデン政権が看板政策として進めているが、共和党政権になれば、ガラッと変わる可能性がある。トランプ政権のパリ協定離脱のように。

アメリカの二大政党制の政治システムが、SDGsを進めるうえで本当に良いのかはわからない。欧州に多い連立政権の方が、一貫性を持って政策を進められることもある。

――アメリカでは共和党優勢州で「投票権制限」の動き。例えば南部ジョージア州では、コカ・コーラやデルタ航空が反対声明を出すと、トランプ氏がボイコット運動も。

SDGsでは企業の取り組みが欠かせない。アメリカには投資家も多く、環境・社会・ガバナンスを重視したESG投資も盛ん。SDGsを取り入れることで投資を得られ、経営的にメリットがあると感じるアメリカ企業が増えている。アップルがサプライチェーンに100%再エネを要求したり、テスラのような企業が出てきたり。他国には見られない動きが出ている。

アメリカでは「人権デューデリジェンス(正当な注意義務)」の考え方も広がっている。サプライチェーン(供給網)上での強制労働・児童労働の排除。取り組まないと投資が来ない。

――日本企業はどうか?

日本企業の課題はもう少し「本気で取り組む」こと。日本国内で「SDGs」というワードは踊り始めているが、実際に取り組もうとすると大変なことばかり。サプライチェーンを変えたり、エネルギーを変えたり、採用で人を変えたり、企業として大きく変える必要がある。そこまでの取り組みが企業、政府でもまだ少ない。

――日米で取り組めることは?

SDGsは「社会・環境・経済」3つの要素をバランス良く取り組むことが大切。日米は経済分野では協力が進んでいるが、社会・環境分野での協力が意外と少ない。

環境分野では、アメリカで進んでいない「廃棄物処理」に将来性があり、日本の技術が売り込める。廃棄物の熱回収でエネルギーを活用、3R(リデュース・リユース・リサイクル)も。社会的・環境的なサステナビリティは日米相互に良いところを学び合える余地がある。