世界記憶遺産はどう決まる?浮上した問題
歴史的な文書などを後世に伝えることを目的とするユネスコ(=国連教育・科学・文化機関)の世界記憶遺産。中国が申請した「南京大虐殺」や、日本が申請したシベリア抑留の資料が登録されたことで国際的な議論が巻き起こった。記憶遺産はどのように決められているのか。取材を進めると、ある問題が浮かび上がってきた。
馳文科相は日本時間6日未明、フランス・パリで開かれたユネスコ総会の演説で、ユネスコの記憶遺産登録について透明性を高めるよう改善を求めた。
馳文科相「記憶遺産事業については、ガバナンスや透明性の向上を含む改善を早急に実現するよう、我々加盟国の間で議論を進めていく必要があります」
先月、中国が申請した「南京大虐殺に関する文書」が登録された。しかし、日本と中国で見解が異なる犠牲者数の資料が含まれていたこともあり、日本政府は「公正さを欠いている」と批判した。
日本政府が改善を求める記憶遺産は、どのように申請されるのだろうか。岐阜県八百津町では、町を挙げて「命のビザ」の記憶遺産への登録に取り組んでいる。
「命のビザ」は、八百津町が生まれ故郷の外交官・杉原千畝氏が第二次大戦中、ナチスドイツの迫害を受けたユダヤ人に対して発給したビザだ。約6000人の命を救ったと言われ、その人道的な措置は映画にもなっている。
登録のカギはユネスコ本部に提出する申請書の最初にある「要約」をいかに書くかだという。一方で、歴史的な事実関係については明確なルールはないという。
八百津町のタウンプロモーション室・中山将企画推進係長は「なるべく自国のものだけじゃなく、第三国が書いた参考文献を載せてくださいというふうには言われています」と話す。
ユネスコに送られた申請書を審査するのが、世界各国の有識者を集めた「国際諮問委員会」だ。14人の委員が会議を開いて、記憶遺産に登録すべきか実質的に決定する。ただ、会議は「委員の発言の自由を守る」などの理由で、非公開で行われている。
“密室”の会議で何が議論されているのか。日本政府の代表として数々のユネスコの会議に出席し、国際諮問委員会の委員を務めた数少ない日本人の一人である松村多美子さんを取材した。
松村さんが委員だった当時、審査結果を書き残した申請リストを見せてもらった。候補リストの横に「○」や「×」が付けられている。
記者「丸の横に『?』がついているが」
松村さん「それはちょっといろいろ議論が紛糾して、保留になったというケース」
一方で、歴史的な事実関係は話し合われなかったという。
松村さん「事実関係というのは、あまり議論の対象にならない。それだけの十分なデータとか、いろんな資料が必ずしも提出されているとは限らない場合がある」
記者「申請書に書いてあることは、正しいことが書いてある前提か」
松村さん「まぁ、そうですよね」
中国が申請した「南京大虐殺に関する文書」の審査でも、事実関係は確認されなかったのだろうか。
日本人で初めてユネスコのトップを務めた松浦晃一郎氏は「誰もが歴史的な貴重な文献だというものが登録されるという前提で作った制度で、こういう事態は予測していなかった。いろんな可能性を考えるべきだったと反省している」と話す。