【拉致問題】被害者家族が4年ぶりの訪米で訴えた「切迫感」…アメリカは全面支援を約束も なお見えぬ打開の糸口
北朝鮮による拉致被害者家族が、4年ぶりにアメリカの首都ワシントンを訪問し、アメリカ政府・議会関係者らに早期解決に向けた協力を訴えた。家族らが一定の手応えを口にする一方、北朝鮮との外交交渉は停滞が続いている。訪米の成果と課題を展望する。(ワシントン支局・渡邊翔)
■4年ぶりの訪米…米側は解決に全面協力の姿勢示す
ゴールデンウイークのないアメリカだが、それを実感させる「風物詩」がある。連休を利用した閣僚や国会議員らの訪米だ。特に今年は、3年あまりに及ぶコロナ禍が収まり、多くの議員らがワシントンを訪れている。
そんな中、2日にワシントンの空港に降り立ったのが、横田拓也さんら拉致被害者家族と「拉致議連」所属の国会議員らだ。「家族会」「救う会」「拉致議連」の3団体による訪米は、実に4年ぶりとなった。
一行は初日から精力的に政府高官や議員らと面会し、拉致問題の早期解決に向けた協力を訴えた。ホワイトハウスでは、バイデン政権のインド太平洋政策を主導するキャンベル調整官と面会。「みなさんの今回の訪問を決して無駄にはしない」と力強い支援の言葉があったという。
また国務省では3人の高官と面会。「ブルーリボンバッジ」を付けて家族らを出迎えたシャーマン国務副長官は、拉致問題や人権侵害を、国連の安全保障理事会の正式な議題として取り上げることを目指す方針を表明した。
シャーマン副長官との会談のために国務省を訪れた横田拓也さんに声をかけると、「絶対にこの問題を解決させます」と語り、建物へ入っていった。家族会の代表に就任して初めての訪米。毅然とした表情の中にも、緊張感がかいま見えた。
一方、議会では野党・共和党を中心に上下両院の議員と面会。駐日大使もつとめたハガティ上院議員は、「北朝鮮が行ったことは残酷な行為だ。あまりに長い間連れ去られたままの人々を取り戻すために、あらゆる方法で支援する」と真剣な表情で被害者家族らに語りかけた。
■「人道支援には反対しない」 踏みこんだ「新方針」に米側の反応は
今回の訪米の大きな目的は、今年2月に「家族会」と「救う会」が決めた新たな運動方針を、アメリカ側に説明することだった。新たな方針では、これまで反対してきた北朝鮮への人道支援を容認する姿勢に転換。「親の世代の家族が存命のうちに全拉致被害者の一括帰国が実現するなら、我が国が北朝鮮に人道支援を行うことに反対しない」との文言が加わった。
有本恵子さんの母・嘉代子さんや横田めぐみさんの父・滋さん、田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さんなど、ここ数年で「親世代」が相次いで亡くなる中、「拉致問題は時間的制約のある問題だ」という切迫感が、方針の転換につながった。
「拉致問題は時間的制約のある問題である、という認識に立って、核・ミサイル・拉致という3つの問題の中で、拉致問題を切り離して優先的に解決する必要があると、アメリカに伝えたいと思い訪米した」(家族会代表・横田拓也さん)
横田拓也さんは当初、この新たな方針をアメリカ側がどう受け止めるか、不安も感じていたというが、結果的には杞憂に終わったという。
「全く心配なく訪米活動が進んでいるという実感です。一番の心配は『そんな抜け駆けの勝手な行動は…』とか、そこまで直接的に言われるかはともかく、『そういうことではないんじゃないか』と(アメリカ側に)言われたら困るなと心配していたが、そんな否定的な声もなかった」
「全ての方が異口同音にいったのは『何が出来るか』と。温かい言葉、温かい雰囲気で話してくれた。『あなた方とともに、一緒にいる。一緒に戦う』という言葉を投げかけて下さったことはとてもありがたいと思っている」(家族会代表・横田拓也さん)
さらに横田さんはアメリカ側との面会の中でロシアのウクライナ侵攻にも触れ、「ロシアのウクライナへの一方的な力による現状変更が許せないのと同じように、北朝鮮が私たちに行っている、力による一方的な現状変更は許せない。だから世界が一丸になって問題を解決する必要がある」と訴えたという。
また家族会事務局長の飯塚耕一郎さんは、育ての親である飯塚繁雄さんがおととし亡くなったことに触れ、「拉致被害者と家族が死別して二度と会えないという最悪なケースが続いている。これ以上増やしてはならない、一刻も早く救いたい」と訴えた。
同席した関係者は、「横田滋さんや飯塚繁雄さんが亡くなったという話をすると、どの面会者も一様に沈痛な表情になった。時間の制約がある問題だ、ということは十分理解してもらえたと思う」と手応えを口にした。
■一方でアメリカに漂う手詰まり感
今回、一様に拉致問題解決への協力を惜しまない姿勢を示したバイデン政権の高官たち。しかし、実態として政権には「手詰まり感」が漂う状況が長く続いている。
バイデン政権は「北朝鮮との外交交渉を模索しながら、朝鮮半島の非核化を目指す」という方針を掲げているものの、北朝鮮は対話の呼びかけに全く応じず、ミサイル発射を繰り返している。
こうした中、4月末の米韓首脳会談では拡大抑止の強化を再確認。バイデン大統領は、北朝鮮が核攻撃を行えば「どのような体制であっても終わりを迎えることになる」と強く警告した。日米韓3か国も安全保障面での連携を深めるなど圧力強化に舵を切っており、対話の機運は見えない。
さらに、バイデン政権が今年1月に、6年間空席だった北朝鮮人権問題担当特使のポストに国務省高官を指名したことも、人権問題でも圧力を強めるサインと受け止められている。あるバイデン政権の元高官は「あのポストを指名したということは、逆にバイデン政権が対話による問題の解決を半ば諦めた証拠という見方もできる」とまで踏みこんだ。
■「日本政府の力量が試される」事態の打開へ模索続く
また、家族会が新たな運動方針で容認した「人道支援」についても、北朝鮮との交渉を動かすツールになるかは見通せない。ワシントンでの会見では、記者団から「アメリカも人道支援を交渉の糸口にしたいと考えている中、先に人道支援を提案されたら、日本の支援の効果がなくなってしまうのではないか」との質問が飛んだ。
横田拓也さんは、「順番が後になるか前になるかで、日本がやれる人道支援の効果が薄れたり、強まったりするということはあると思う」と認めつつも、だからこそ日本政府の交渉力が問われる、と岸田政権の努力をうながした。
「それをふまえて、日本政府が北朝鮮との水面下の外交交渉を進め、お互いの国が、日朝両国が明るい未来を得られるという信頼感を醸成しながら問題を解決する。そういう外交交渉をするのが日本政府の責任だし、力量が試されていると私は思う」(家族会代表・横田拓也さん)
拉致問題解決に向けて、家族に残された時間は決して長くはない。日本政府には、アメリカという大国を巻き込み、まずは北朝鮮を交渉の席に着かせるためのしたたかな外交が求められる。