【解説】アメリカの学校からLGBTQ・黒人差別の本が消える!? いま急速に広がる“禁書”とは
去年、アメリカの公立学校や図書館で計1648冊の本が“禁書”となった。規制された本の多くはLGBTQや黒人差別などのテーマを扱っていて、大きな議論を呼んでいる。差別を助長する可能性もあるこの“禁書”の動き。急速に拡大した背景には何があるのか。<国際部・福井桜子>
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アメリカの非営利団体ペン・アメリカが発表した報告書によると、去年6月までの1年間でいわゆる“禁書”に指定された本は、各地のものを足し合わせると1648冊にのぼった。
ここで言う禁書とは公立学校や図書館で規制対象の本が読めなくなることで、書店などで購入すれば読むことができる。ただ子供たちにとって毎回本を買うことは金銭的にも難しく、規制された本を気軽に手に取ることができない現状がある。
「All Boys Aren’t Blue」黒人であり性的マイノリティーでもある作者自身の人生をつづったこの本も、規制の対象となった。「性的な描写」や「LGBTQの内容を含む」ことなどが規制の理由だ。
さらに絵本も規制の対象に。その一つが、「and tango makes three」オスのペンギンカップルが子供を育てるという、ニューヨークの動物園で実際にあった話を描いた絵本だ。こちらは「幼い子供には不適切」「ホモセクシュアルな内容が含まれている」などの理由で規制された。
去年、禁書に指定された本のテーマを見てみると、最も多かったのは、主要な登場人物やテーマがLGBTQのもの。そして、主要な登場人物が有色人種の本が続く。
こうした本の多くが「性的な描写がある」、「過剰な暴力表現がある」ことを理由に規制されている。
このようにLGBTQや黒人をテーマにした本が規制を受ける背景には「保守派」の存在がある。
アメリカの保守派の多くは伝統的なキリスト教的価値観を重んじていて、LGBTQなどに対しては否定的な考えを持っている。
そのため子供たちにLGBTQについて教育をすべきでない、もしくは幼少期から性自認について教えるべきではないという意見を持つ人が多い。
また、黒人差別などを描いた本が規制の対象とされる背景には、学校の授業で人種差別や奴隷制の歴史について取り上げすぎると白人に対する逆差別につながるという考えがある。
さらに、こうした禁書の動きが最近になって拡大したきっかけの1つに「新型コロナ」がある。
アメリカでは、コロナ禍でのマスクやワクチンの義務化などに、一部の保守派が「押しつけ」だと反発し、社会の分断がさらに深まる事態となった。
そうした考えの人たちが自分たちの子供が通う学校生活に目を向け、保守的な考えに反する内容を教えることに強く抗議するようになったのだ。その矛先の一つが図書館などに置かれる本だった。
こうした親たちとともに保守派の政治家たちが動いたことも、禁書運動をここまで拡大させた要因となっている。
例えばフロリダ州では、次の大統領選に向けた共和党候補レースで有力視されているデサンティス知事が動いた。
「超保守的」な政策で支持を集めてきたことで知られ、中でも「教育」に力を入れていて去年、「教育における親の権利法」という法案に署名し成立させた。
これはLGBTQなど性の多様性について子どもに教えることを制限する法律で、別名「ゲイと言ってはいけない法」とも呼ばれている。
法律の対象は当初は小学校3年生以下だったが先週、適用範囲を高校3年生まで拡大することが決まった。
こうした法律は全米各地で制定され、学校や図書館は規制された本を排除せざるを得ない状況に陥っている。
今年1月に、禁書について学生同士で議論する「禁書クラブ」を立ち上げた高校2年生のメイジーさんに取材した。
メイジーさん(15)
「私は、本が規制されるべきだとは全く思いません。」
「成長の過程で読む本の中に、自分自身や、自分と同じような人、自分と同じような感覚を持つ人たちがいないと、排除されているように感じると思います」
「学生がLGBTQや黒人差別などのテーマを知らずに育つと、非常に無知で無教養な人になってしまうと思います。彼らはその後の人生で間違いなくこのテーマにぶつかります。その対処法を知らなかったり、教育されなかったりすることは、彼らの人生にとって、とてもつらいものだと思います」
学生側の視点から、禁書の問題点について次のように指摘する。
・自分と同じ性的指向を持つ人の話を読む機会が奪われる
・自らの性自認を否定されるように感じる
・知らずに大人になることの怖さ
メイジーさんらのような活動は各地に広がっていて、学生が教育委員会などに直訴し、本の規制が解除されたケースなども見られている。
本来、図書館とは、子どもたちが多様な価値観に出会える場所だったはずだが、今アメリカでは禁書によって子供たちが性や人種にまつわる多様性に触れる機会が奪われてしまっている。こうしたテーマの本を規制することが、子供たちの生きづらさにつながったり、偏見や差別を助長してしまう可能性があることを改めて考えてみる必要がある。