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イラン核問題で手腕が試される「核の番人」

2020年12月30日 19:57

経済的見返りを条件に核活動の大幅縮小に応じたイランだが、トランプ政権が「核合意」から一方的に離脱してからは自ら合意を無視して核活動を急速に拡大している。

アメリカのバイデン次期大統領は核合意に復帰する考えだが、イランが合意レベルまで活動を戻すことを条件としている。一方で、イランは制裁解除が先だと主張しており難しい駆け引きとなりそうだ。「核の番人」であるIAEA=国際原子力機関の手腕も試されることになる。

■「目には目を」の報復合戦
核合意を守らなくなったイランは、「アメリカのせいだ」と主張している。トランプ政権は合意から離脱した後、イラン産原油の禁輸をはじめ、様々な経済制裁を行ってきた。「経済的な見返りがないのに、イランだけが合意を守るのは不公平」として、核活動を活発化させたわけだ。

イランの合意破りにアメリカは制裁強化で対抗し、軍事衝突が危ぶまれた時期もあった。アメリカの政権交代が確実になった2020年11月末、イランの核開発の第一人者が暗殺された。イランはイスラエルが関与したと主張して怒りを露わにした。力ずくでイランの核開発を封じ込めようとする動きに反発したイランはむしろ活動を広げる動きにでている。

報復合戦がエスカレートする中、イランの濃縮ウランの保有量はこの1年間で急増した。欧米がイランの濃縮ウランに敏感なのは、これが核爆弾の材料となるからだ。

2020年11月のIAEA報告書によると、イランの低濃縮ウランの保有量は合意の制限のおよそ12倍、2442.9キログラムに膨れ上がっている。アメリカのシンクタンク、科学国際安全保障研究所の分析によると、核爆弾2個分に相当する量で、1個分の高濃縮ウラン(濃度90%)を製造するのに2か月半から3か月、半年以内に2個分を製造できるという。

■トランプ政権からの負の遺産
逸脱したのはウランの保有制限量だけではない。イランは合意で認められていなかった濃縮技術の開発を進めていて、ウラン濃縮施設を地下に拡大し、合意で禁じられていた改良型の機械(遠心分離機)を稼働させている。トランプ政権も任期ぎりぎりまで圧力をかける方針だ。

一方のイランも地下施設の稼働台数を増やし、新たに開発された機械を導入する計画をIAEAに伝えている。実施されれば、稼働数の制限でも合意違反となる。

また、イラン人科学者の暗殺を受けてイラン議会がロウハニ政権に求めた措置には、「2021年1月末までに経済制裁が解除されなければ、ウランの濃縮度を20%に上げ、IAEAの査察の一部を拒否する」ことが盛り込まれている。

■制裁解除が先か イランの合意順守が先か
バイデン次期大統領はアメリカの合意への復帰条件として「イランが合意を完全に守ること」を求めているが、一方的に離脱したのはアメリカだ。イラン国内では、トランプ政権の制裁による被害を補償すべきという声もある。バイデン氏の大統領就任後、核合意の完全回復に向けてどちらが先に一歩踏み出すのか、厳しい駆け引きが繰り広げられるだろう。

■IAEAグロッシ事務局長「元には戻れない」
アメリカとイランがにらみ合う中、IAEAのグロッシ事務局長がロイターの取材に対し、「核の番人」の立場から一石を投じた。「イランが行っている『合意違反』は多すぎて、簡単に元に戻すことはできない」というものだ。

確かに合意制限量の12倍に膨れ上がった濃縮ウランを国外に持ち出す必要があるが、アメリカの制裁下、誰がどのような形で引き取るのかなどについてアメリカを含めた合意国が話し合う必要がある。

最も厄介なのは合意実施後にイランが開発した濃縮技術や遠心分離機だ。新たに稼働させた改良型の機械を濃縮ラインから外したとしても、それだけでは「元に戻った」ことにはならない。これまでもIAEAの理事会でアメリカなどが指摘しているが、開発の過程でイランの科学者が得た知識は組織や個人の記憶として残り、消し去ることができないからだ。

アメリカ側は「合意違反」を理由に、新型機械の研究開発データの提供や、機械や関連資料の破棄を求めるかもしれないが、イランがすんなり応じるとは考えづらい。

「平和利用を目的としたウラン濃縮活動は、全ての国に認められている権利だ」というのが従来からのイランの立場だ。「前に戻らない部分」の取り扱いが争点となるのは必至で、5年前の核交渉並みの激しいやり取りになる可能性がある。

■IAEAの貢献に期待
グロッシ事務局長の発言に対してイランのIAEA大使は、「IAEAの責務範囲を完全に超えたもので、避けるべきだ」と釘をさした。グロッシ事務局長の真意は、IAEAが合意事項の細かな実施を監視し、合意レベルまでイランの活動が縮小されたことを検証するためには、覚書など何らかの文書がいるというものだ。

元に戻す際の全ステップで、イランが一部を不正に隠し持つことのないよう、容器の封印から輸送の立ち会いなど、IAEAが細かな監視を行うための手順を事前に策定することになる。細部にこだわる厳格さが、IAEAが「核の番人」と呼ばれる所以だろう。イランは核合意の再交渉には一切応じないとしているが、制裁解除のタイミングと絡めつつ、水面下ではアメリカとの話し合いは避けられない。

政権交代はアメリカだけではない。2021年6月にはイランの大統領選挙が行われ、任期満了で退任するロウハニ氏に代わって、新しい大統領が選出される。これまでの「対話重視」路線が継承されるのかどうかは不透明だ。制裁でイランの経済はどん底にある。妥協点を見つけるのは困難だが、中立的な国際機関のIAEAが裏方として双方の説得と調整役に回り、実質的に交渉を支えることもできるだろう。

バランス感覚を大事にするグロッシ事務局長は2021年、アメリカとイランに新しい「プレーヤー」が登場する中、両者を合意復帰へと導く黒子役となれるか、核の番人としての手腕が試される。

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