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コロナ・分断バイデン政権挑む“2つの病”

2021年1月1日 18:00

ホワイトハウス前で激しい炎と黒煙が上がる。上空には低空で旋回するヘリコプター。断続的に爆発音が鳴り響いて、興奮する人々は、一進一退を繰り返す。

黒人差別への抗議デモの怒り、一部の暴徒化が、首都ワシントンで頂点に達した夜だった。日本へ生中継で伝えつつ、ここが本当に超大国アメリカの中枢なのかと、目の前の光景を疑った。

10年前、赴任先のバンコクで市街地を占拠したデモ隊と治安部隊の銃撃戦や暴動を取材したが、民衆の「政治への怒り」と、「暴徒化」は紙一重だと改めて感じる。

■トランプ氏“コロナで自滅”退場へ
厳戒態勢で迎えた2020年11月3日の大統領選挙。有権者は「暴力」ではなく、「怒りの一票」でトランプ大統領を“退場”に追い込んだ。

今回の選挙は、バイデン氏が「勝った」のではない。トランプ大統領が「自滅」した選挙だった。白人至上主義者を擁護し、人種差別をあおるかのような発言。新型コロナウイルスの脅威を「魔法のように消えてなくなる」とする楽観論。「消毒液を注射してはどうか」との発言には唖然とした。

バイデン次期大統領は、1月20日の就任直後から、まず「新型コロナウイルス」そして「社会の分断」というアメリカ社会が患う“2つの重い病”の治療から始めることになる。「幕開け」の高揚感は、ない。バイデン氏は、新型ウイルスへの対応で、「科学を徹底的に重視し、専門家を尊重する」という。就任100日間の重点方針に、1億回分のワクチン接種、マスク着用の要請、学校の再開支援、の3つを挙げた。果たして100日目となる4月末、アメリカは「暗闇」を抜け出し、国民に「明るい春の光」は見えているだろうか。

■「すべての国民の大統領になる」
もう1つの病、「社会の分断」はもっと根が深い。今回の大統領選でバイデン氏が獲得した8100万票に対し、トランプ大統領は7400万票まで迫った。この肉薄する数字は、完全に二分された社会の実情を浮き彫りにした。

人種、貧富の格差、そして、トランプ対、反トランプ。マスクを着ける着けないの「科学を無視した」論争。熱狂的なトランプ支持者とバイデン支持者に“共通言語”は見当たらない。“旗印”のトランプ大統領がホワイトハウスを去っても、7400万票を投じた有権者が国を去るわけではない。「アメリカの傷を癒やす時」「すべての国民の大統領になる」バイデン氏が誓った“団結”への道は険しい。

■若き外交キーマンも「内政優先」
44歳の若さで国家安全保障問題担当の大統領補佐官に抜てきされたジェイク・サリバン氏はこう話す。「アメリカの内政と外交は切り離せない」「国家の団結なくして、中国とは競争できない」外交・安保のキーマンも、「まず内政が優先」だと強調する。それほど病は重いのだ。

とはいえ、外交にも一刻の猶予もない。国務長官にはブリンケン元国務副長官、気候変動問題担当特使としてケリー元国務長官、経験豊かな“即戦力”が多数指名された。バイデン氏は、外交チームのお披露目会見で、「アメリカが戻ってきた」と宣言。ブリンケン氏も「アメリカ一国では問題解決はできない」と言い切った。バイデン政権は、トランプ大統領が謳った「アメリカ第一主義」から「国際協調主義」へと、一気にカジを切る。最優先で取り組むのは、トランプ政権で冷え込んだヨーロッパ各国との同盟の再構築。アジア太平洋地域でも、シンゾー・ドナルドが“蜜月”を演出してきた日本、豪州、韓国と同盟強化を模索する。こうした同盟国と“外交の足腰”を固めたうえで、もう1つの超大国、中国と向き合うことになる。

■「熱心な求婚者にならない」
では、バイデン政権はどんな“対中外交戦略”を描いているのか。実はバイデン次期大統領自身はこれまで、中国との外交について、あまり多くを語っていない。

ただ、新政権の外交キーマン2人が、大統領選挙前からそろって口にしていたキーワードがある。それは「競争と協力」。ブリンケン次期国務長官候補は、2020年7月、オンラインのイベントで、「中国との『競争』は公平なものであれば問題ない」「利益が一致する分野では中国と『協力』していくべき」サリバン次期大統領補佐官も、2020年10月、「アメリカは中国と『競争しながら協力』していくことができると信じている」と語っている。「競争と協力」とは、中国と強い立場から競争しつつ、気候変動やコロナ対策など協力できる分野を探る外交。

アジアの外交安保に詳しいザック・クーパー氏は、「『競争と協力』のバランスがカギになる」と語る。「オバマ政権は『協力』に偏った。トランプ政権は『競争』に偏った。バイデン政権には、この2つの教訓から学んだアプローチがあるだろう」と分析する。教訓をどういかすのか。

若き大統領補佐官となるサリバン氏は、2019年秋、外交誌フォーリン・アフェアーズで発表した共同論文で、こう戒めている。「『競争と協力』の順序を間違えてはならない」「アメリカはこれまで、『協力』を第1に、『競争』を第2にしてきた」「一方で、中国は『競争』が第1、『アメリカの譲歩』を見てから『協力』申し出る」と分析。米中の外交スタンスの違いを自戒を込めて振り返っている。

そのうえで、「熱心な求婚者(eager suitor)になることは避けるべき」と結論づけている。協力ありきで中国に歩み寄れば、他の分野で必ず譲歩を迫られるとの認識。気候変動や新型ウイルス対策での協力と引き換えに、中国の人権問題に目をつぶることはない、ということだろう。米中外交はトランプ政権に続き、「競争と協力」の狭間で緊張関係が続くことになりそうだ。

■多様性あふれる次世代リーダー候補
最後に4年後を展望したい。あるワシントンの外交筋は、「トランプを破り、退場させた時点で、バイデンはその使命をほぼ終えている」と解説する。バイデン氏には「1期4年で退く」との観測が絶えない。別の外交筋は、「4年後どころか、2年後の中間選挙までバイデンはもつのか」と冗談交じりにささやく。78歳、アメリカ史上最高齢の大統領の体力を危惧する声も根強い。

新政権には、56歳で、女性初、黒人初、アジア系初の副大統領となるハリス氏、また38歳の若さで運輸長官に指名され、同性愛者を公言する新星ブティジェッジ氏らが入った。“次世代のリーダー候補”の人材育成もバイデン次期大統領の命題となる。黒人や女性、先住民まで、“多様性”が際立つバイデン政権の閣僚構成は、「白人男性ばかり」だったトランプ政権とは大きく異なる。

■「白人男性の最後の反乱」
ある民主党関係者は、トランプ現象を「白人男性の最後の反乱だった」と論評する。これまでアメリカ社会で優位にいながら、2045年には、人口の50%を割り、マイノリティーとなる「白人の焦り」が、トランプ大統領を誕生させた、との見方だ。その「最後の反乱」が収束する兆しは全くない。「すべての国民の大統領」バイデン氏は、どこまで寄り添う政治で「団結」を実現できるのか。老練な大統領のもと、“アメリカの共感力”が問われる4年間が始まる。

(ワシントン支局長・矢岡亮一郎)