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同僚失ってなお取材 ジャーナリストの覚悟

2021年1月5日 17:38
同僚失ってなお取材 ジャーナリストの覚悟

毎年、世界中のジャーナリストが取材の過程で命を落としています。同僚を失い、自らも負傷を経験してもなお、戦場に向かうのはなぜなのか。戦場ジャーナリストの佐藤和孝氏は、過酷な経験をしたジャーナリストの証言を、日本の学生たちに伝えています。

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■学生に伝える「なぜジャーナリストは戦場に向かうのか」

先日、早稲田大学で講義をした。毎年恒例になっている大学院のジャーナリズムコースの授業で、「戦争とジャーナリズム」というテーマだ。僕の取材活動や制作活動を基に戦争におけるジャーナリズムのあり方、ジャーナリストの心構えや志、覚悟などを学生に講義する。特に学生諸君に伝えたいのは、「なぜジャーナリストは戦場に向かうのか」「命を落としてまで伝えなければならないことがあるのか」ということだ。

毎年、世界中のジャーナリストが戦争や腐敗した政府などを取材する中で命を落としたり大けがをするケースが後を絶たない。僕自身も2012年、シリアのアレッポで取材中パートナーを失い「戦争取材の意味」という途方もない闇、ブラックホールに吸い込まれ方向を見失ったかのような思いに囚われた。欧米など他国のジャーナリストはこのような事態に陥ったときどのように考えるのか。

同僚などを失った欧米のジャーナリストに連絡をとりヨーロッパへ取材に向かい彼らにインタビューをした。2012年の秋も深まった頃だった。その年は90人近いジャーナリストが世界の紛争地域で命を落とし、そのうち66人がシリアで亡くなっていたのだ。

ロンドンで会ったのがカメラマンのポール・コンロイ氏。アサド政権軍から砲撃を受け同僚の女性ジャーナリストを亡くし、自らも砲弾の破片で太ももの筋肉を抉り取られ、小さな破片が腎臓付近を貫通するという重傷を負った。コンロイ氏はこう話した。

「命を懸けるほどの取材はないかもしれない。しかし、ジャーナリストの死によって取材が行われなくなるようなことがあってはならないと思います。ジャーナリストは、とても重要な仕事です。同僚の死や私のけがは、とても悲しく辛いことですが、我々はひるむことなく、引き続き取材を行うべきなのです。人々は、犯罪、戦争を目撃し伝えてくれる人を求めています」

これが、講義内容の一部なのだが、まだまだ、彼のような過酷な体験をしたジャーナリストの証言を話して質疑応答に入る。僕が最も楽しみにしている時間が、この質問タイムなのだ。何故かというと、テレビの世界で仕事をしていると、僕の場合は現場からの中継が主なので、視聴者が目の前にいるわけではない。つまり、伝わったかどうかの反応を知ることが出来ないもどかしさが気持ちの中に残ってしまう。大学の講義は、舞台に立つ役者になったように実際に言葉が伝わったかを学生たちとの質疑応答で知ることができる。だから、僕にとっては貴重な時間なのである。

■IT活用の最前線となる戦場

しかし、今年はコロナパンデミックの影響で、リモート講義。パソコンに向かって講義する羽目になってしまい人間味を感じないという味気ない思いが残ってしまった。だからといって一概にIT化を否定するつもりもなく、時代の変化に「後れ」をとらないよう、言ってみれば激流にのみ込まれまいと流木にしがみつくがごとくの自分なのだ。余談ではあるが、このコラム、あえてスマホで書いている。

IT化の時代で、インターネットが様々な分野で欠かせないものになっているのは周知の事実だが、それが最先端で活用されているのが戦争なのである。2017年にイラク軍とイスラム国が激戦を繰り広げたモスルを取材したときのことだ。イラク軍狙撃手に指揮官がiPadを見せイスラム国戦闘員の位置を示し攻撃命令を下していた。最前線もしかり、iPadで映し出した地図を頼りに敵の潜む建物に攻撃部隊を突入させていたのだ。

最近、戦場になったナゴルノカラバフでは、アゼルバイジャン軍がトルコ製のドローン(無人機)を使いアルメニア軍に甚大な損害を与え勝利した。戦争で使われる兵器がまさにIT化し、AIの最前線となっているのだ。

いったい世界はどんな時代になっていくのだろうか。人間味とか人間臭さはインターネットの中でデジタル化されてしまうのか。皮肉なことにコロナ禍がIT、AIを加速させていくのかもしれない。

【連載:「戦場を歩いてきた」】
数々の紛争地を取材してきたジャーナリストの佐藤和孝氏が「戦場の最前線」での経験をもとに、現代のあらゆる事象について語ります。

佐藤和孝(さとう・かずたか)
1956年北海道生まれ。横浜育ち。1980年旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻を取材。ほぼ毎年現地を訪れている。他に、ボスニア、コソボなどの旧ユーゴスラビア紛争、フィリピン、チェチェン、アルジェリア、ウガンダ、インドネシア、中央アジア、シリアなど20カ国以上の紛争地を取材。2003年度ボーン・上田記念国際記者賞特別賞受賞(イラク戦争報道)。主な作品に「サラエボの冬~戦禍の群像を記録する」「アフガニスタン果てなき内戦」(NHKBS日曜スペシャル)著書「戦場でメシを食う」(新潮社)「戦場を歩いてきた」(ポプラ新書)