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バイデン大統領の米国(6)TPP戻れる?

2021年2月12日 19:44
バイデン大統領の米国(6)TPP戻れる?

オバマ政権時のアメリカが主導し、トランプ時代には一旦、反故にされたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)。国際協調路線に再び舵を切ろうとしているバイデン政権で、アメリカはTPPに戻るのか? アメリカに詳しい識者4氏に聞いた第6弾。


■「対中国戦略としてのTPP」という視点

――笹川平和財団の渡部恒雄氏は、アメリカがTPPに戻るにはタイミングが難しいと言う。
(渡部氏)
「アメリカはTPPに戻るには戻るのでしょうが、タイミングというのがある。日本だって自民党政権が最初に『TPPに入る』と言っていたら、たぶん潰されていましたよ。日本の民主党政権で話を出して、それをうまく安倍さんが繋いだからTPPに乗っかれたわけで。TPPの最初の頃は日本中の本屋に、TPPに反対する本…しかも根拠のないアメリカの陰謀で反対している人の本ばかりが並んでいましたからね。例えば、『TPPに入ったら日本の医療制度が崩壊する』みたいな」

「同じようなことがアメリカに言えて、それは自由貿易協定をすると損する人たちが必ずいるので、そういう人たちのことを考えるとなかなか動きが取れない。特にアメリカの民主党は労働組合の支持を受けていますから、選挙の前には動けないです。たぶん2年後にある中間選挙の前には、バイデン政権は動けない。だとすれば中間選挙の後、しかも中間選挙で負けていなくて…みたいな感じになるでしょうし、そこはタイミングの問題でしょうね」

「日本は、そこは長い目で見てると思うんです。日米で通商交渉をしましたよね。これはアメリカがTPPと同じ条件で、日本で…例えば豚とか牛とかについて合意したわけで、これは日本からすると、長い目で見ると『すぐにTPPに戻るのは大変だろうけど、いつでも待っているからね』…こういう感じですよね」

「しかも、中国がそれを見ていて『じゃあ俺たちTPPに入る』って言ってきたわけです。これもしめたものですよ。その時に大事なのは『中国さん、入ってもいいよ。だけど、今のルールは変えないからね。あなた方もちゃんとルール守ってね』と。ここが、そもそもオバマ政権と日本政府が、TPPというのが実は中国対策であるということを考えていた、元々の狙いなんです」


■TPPは環境に良くない?

――TPPに反対する勢力は労働組合だけではなく、ほかにもある、と上智大学の前嶋和弘教授は言う。
(前嶋教授)
「バイデン政権になって日本としては『アメリカにはTPPに戻るために、いろいろなことをしてほしい』とPRしないといけないと思うのですが、なかなかアメリカ側としてはTPPに入りにくい状況かと思います。というのも、それはアメリカの雇用が外に出ていくというイメージがある上に、やはり民主党政権だと『グローバル企業が得をするのがTPPだ』とか、さらに我々からは考えにくいんですが『TPPは環境に良くない』と、こう考えているところもあるんですね」

「どういうことかというと、日本やアメリカが作ったものは良いけれど、TPPに入っている国の中には環境基準がアメリカよりも良くないところがあって、そういう国の製品がアメリカに入るということになる。すると『TPPはアメリカや世界の環境にとって良くない!』『CO2も、ものすごく出すようなものがアメリカに入ってくるのは良くないんだ!』という環境保護団体などから、反発がすごくある。労組が『アメリカの雇用が出ていく』とTPPに反対して、環境保護団体も反対するということで、なかなかバイデン政権としてはTPPに戻ろうとするのは難しいのかもしれません」

「一方で、中国との向き合いで考えると、RCEP(東アジア地域的包括的経済連携)や『TPPイレブン』にはアメリカが入っていませんので、対中国政策の観点からは、何らかの形でTPPに入ることも模索するというのが、おそらくバイデン政権の4年間だと思います」


■TPPに入るのは、パリ協定に戻るのとはわけが違う

――キヤノングローバル戦略研究所の宮家氏は、アメリカが無理に今、TPPに加盟しようとすれば“パンドラの箱”を開けかねないと指摘する。
(宮家氏)
「本当にアメリカがTPPに戻る気で、それをちゃんと議会も承認するのならばともかく、私は、今の状況でアメリカの国内経済――労働組合などやいろいろな経済団体の人たちの言うことをまともに聞いたら、そんな簡単にTPPに入れないんじゃないですか。気候変動については、大統領令を1本出せば戻れるかもしれませんけど、ようやくオバマ政権が国内を説得して、微妙なバランスで作ったTPPを一度、チャラにしたわけですから、それはそう簡単には戻れないんじゃないかなと。戻れるものならどうぞ戻ってください、頑張ってねと」

「(万が一、アメリカがTPPに戻ろうということになっても、関税などで改めて条件闘争のようなことになるとすれば)、我々だって、それ以上の譲歩をしてまでやる余裕が…他の11の加盟国にどのくらいありますか。下手をすると“パンドラの箱”を開ける(TPPの枠組みを壊す)ことにもなりかねませんからね。ですから、その意味では、私はアメリカが今すぐTPPに戻ることについては、期待をしていません」


■アメリカがアジアにどう関わるのか

――TPPにこだわらず、機構的にアメリカがアジアにかかわる仕組みを大事にするべきだと元駐米大使の藤崎一郎氏は指摘する。
(藤崎氏)
「TPPについて習近平国家主席は関心を示したけど、アメリカは今は入る見通しがまだ立ってない。RCEPに中国は入っていて、アメリカは入ってない。こういう国際的な枠組みの中で、アメリカが少し中国に対して、劣勢とは言いませんけれども、足場を築けていない」

「そうした中で大事なのは、トランプ政権時代にQuad(日米豪印戦略対話)という、アメリカとオーストラリアとインドと日本という4者の会合ができたこと、こういったものをきちんと維持し、拡充していく。そして、例えばトランプ政権時代のアメリカは、アジアの首脳会議やASEAN拡大会議、あるいはASEANへ大使の派遣などを全くしてないんです。こういうことを是非やってほしいと呼びかけて、TPPに入らなくてもアメリカがアジアにおけるプレゼンスをいろいろな形で示せるんで、日本は、まず、それをぜひお願いするというようなことがあるんじゃないかなと思います」


識者は4人とも、バイデン政権が国際協調路線に戻ろうとしているからといって、すぐにアメリカがTPPの枠組みに戻ることには否定的だ。では日米関係については、どのような変化があるのだろうか…続きは次回に。


■4人の識者
 藤崎一郎氏(中曽根康弘世界平和研究所理事長、元駐米大使)
  ※崎は右上が立のサキ
 前嶋和弘氏(上智大学教授)
 宮家邦彦氏(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)
 渡部恒雄氏(笹川平和財団 上席研究員)

*この記事は、4人の識者に個別にインタビューしたものを再構成したものです。

(写真左上から時計回りに、藤崎一郎氏・前嶋和弘氏・渡部恒雄氏・宮家邦彦氏)