バイデン政権の対中戦略は「同盟国重視」
今年、発足したアメリカ・バイデン政権で、日米の安全保障関係に、どのような変化があるのか。元アメリカ国務省の日本部長で、駐沖縄総領事の経験もあるケビン・メア氏に話を聞いた。
■日本は心配しなくてもいい
「リーダーが変わると政策が変わることはよくあることですが、日米の安全保障関係はとても成熟していて、ある程度、一貫性があります。深くて広い関係ですから、大統領が変わっても運用のレベルではそんなに変わらない。私にはよくわからないのですが、日本では『トランプ政権は、中国に対して大変厳しい立場だった。それに対して、バイデン大統領が属する民主党は、中国に対して弱いんじゃないか』という話をよく聞きます。私は全くそうじゃないと思います。今、中国はあちこちで問題を起こしているので、バイデン政権の中国に対する政策は、オバマ政権の時以上に厳しくなると思います」
「具体的な例で言うと、2010年に尖閣諸島で中国漁船が海上保安庁の船に衝突した事件があった。民主党のオバマ政権の時です。私は国務省の日本部長でしたが、その時、アメリカ政府は初めて『尖閣諸島は安全保障条約の第5条の対象になる』と明言しました。実際の政策もそうなっています。以前は、ちょっと曖昧でした。また今回、バイデン大統領は、事実上の大使にあたる台湾のアメリカ代表を初めて大統領就任式に招待しました。これに中国は怒っています。どちらも民主党政権でのことです」
「バイデン政権のスタッフは、みんなプロフェッショナルです。国務長官はアントニー・ブリンケン、国家安全保障担当の大統領補佐官はジェイク・サリバン。この2人は経験がすごくある。ブリンケン氏はオバマ時代、(当時の)バイデン副大統領のもとで国家安全保障担当の補佐官でした。サリバン氏は、ヒラリー・クリントン国務長官の副補佐官でした。2人とも中国の動向について良く理解しています。すごくまともな方たちです。英語で言うと『パンダ・ハガー』(panda-hugger=中国大好きな人たち)ではありません。今のバイデン政権の閣僚たちは全く親中派ではないです。なので、日本はあまり心配する必要はないと思います」
「今後のアメリカは対中政策で、同盟国の国益に配慮します。それは同盟関係で一番重要なことです。トランプ氏の様に自国の国益だけ言っていてはダメなんです。私が強調したいのは、中国に対するアメリカの政策は、民主党・共和党関係なく、強い政策になる。その上で、東アジアにおいてアメリカのプレゼンス――アメリカ軍の抑止力を、どうしたら一緒に向上できるか、この点が今後の日米のテーマになると思います」
■安全保障上の対中国政策で、キーになるのは「ネットワーキング」
――「一緒にプレゼンスを高める」というのは、具体的にどういうことか?
「まず日米は同じ脅威に対処する必要があります。それは、中国、北朝鮮、ロシアかもしれない。しかし、両国の予算、能力には限りがあります。安全保障政策の議論は大変重要ですけれども、政策を実行するためには『予算』が必要です。何を優先するか、決め手になるのは予算です。今後の日米安全保障関係で、日米が一緒に日本を守るために、東アジアの安全保障体制を維持するために、どうやって効果的に防衛予算を使うことができるかということが、とても大事です」
「そのカギとなるのが『ネットワーキング』です。アメリカ独りで中国に対抗することはできません。幸い、日本が2015年に集団的自衛権を行使できるよう政策転換して、それをアメリカ政府はとても歓迎しました。アメリカは初めて、『じゃあ、日本も頼りになるな』という感覚で作戦を考えることができるようになりました。それは両国にとって、とてもいいことです」
「具体的に言えば、日本が購入したF35戦闘機はネットワークのシステムです。ただの戦闘機ではありません。同じく日本が導入するE-2Dという早期警戒機とともにCEC(Cooperative Engagement Capability)という共同交戦能力を構築します。F35とイージス艦とE2Dという飛行機がつながるから、日本とアメリカが一緒に、敵の攻撃に対応できるようになるんです」
■アメリカにとって日本は一番大事な国
――メア氏は「アメリカは対中戦略で日米の枠組みだけではなく、さらに広範なネットワークをイメージしている」と言います。
「アメリカにとって日本が重要な国であることは言うまでありません。一方で、バイデン政権はアジアの安全保障政策について、日米、米豪、米印のような2国間ではなくて、NATO(北大西洋条約機構)みたいなことを考えているのではないかと思います。たとえば『クワッド(Quad)』。アメリカ、日本、オーストラリア、インド…そういう枠組みを重視することが期待できると思います」
「なぜかというと、ロシアとの冷戦時代と違い、中国を牽制するためには経済面でも、サイバー・宇宙などの安全保障や軍事の面でも、あらゆる面で関係国が協力しないとうまくいきません。冷戦時代のアメリカはお金持ちの国で、ロシアは貧乏な国だったから、アメリカは『お金をどんどん使えれば冷戦に勝てる』とかなり自信を持っていました。だけど今は違います。アメリカは自分1国で中国に対処できるとは思っていません。日本も、オーストラリアも、インドも同じです。でも力を合わせれば、中国に対処できます」
「まずは抑止できる。万が一、戦争になるようなことがあっても、勝つことができる…これからは、そういうふうに多国間の協力が重要になると思います。その中で、アメリカにとって、インド太平洋にある同盟国の中で一番重要なのは、言うまでもなく日本です」
「それは、『アメリカが日本に対して優しい』ということじゃなくて、アメリカがアジアに前方展開する場合、戦略上、一番重要になるのが日本だということです。アメリカにとって、日本が地理的にすごく重要な国であるということは、共和党であっても民主党であっても、ほとんどの政治家が分かっています。トランプ氏でさえ分かっていたんですから」
【ケビン・メア 元アメリカ国務省日本部長】
1981年、アメリカ国務省入省。駐日大使館経済担当官を振り出しに在日期間は19年に及ぶ。2006年から3年間、沖縄総領事。09年に国務省日本部長。11年国務省を退職。現在はコンサルティング会社上級顧問。