バイデン大統領の米国(7)日米安保と同盟
第46代アメリカ大統領ジョー・バイデン氏は、分断のアメリカをどこへ導くのか? 中国を「最も重大な競争相手」と位置づけるバイデン政権は、日米同盟に何を求めてくるのか? アメリカに詳しい識者4氏に聞いた第7弾。
■安全保障問題の“チャンピオン”を
――バイデン政権で対日政策、アジア政策を担うのは「プロ中のプロ」だと、元駐米大使の藤崎一郎氏は指摘する。
(藤崎氏)
「バイデンさんは日本のことをよく知り抜いていますし、今度、アジア外交でトップに取り立てたのが、ホワイトハウスでは新設のインド太平洋調整官についたカート・キャンベルさんです。キャンベルさんは中国との交渉を含めて、あるいは日本の沖縄などもやっていましたけど、アジア、日本でやってきて安全保障問題のチャンピオンですから、今までのトランプ政権と違って、極めてプロの手が入ってくるということだと思います」
「それから国務省では、女性で初の国務副長官になったウェンディ・シャーマンさん。シャーマンさんは、オバマ政権時代の国務次官、ナンバー3だった人で、今回、それをナンバー2にしたんですね。この方は25年前から北朝鮮との交渉をやっていて、オバマ政権ではイランとの核合意をやった人。ですから、常にこういう交渉事をずっとやってきた人です」
■プロ相手の交渉は、やり易くもあり、やりにくくもある?
――日米の交渉が専門家の手に戻ったということは、初めての首脳電話会談からもすでに見て取れると、上智大学の前嶋和弘教授は言う。
(前嶋教授)
「バイデンさんと菅さんの最初の電話会談で、わずか10分程度だと思うんですが、尖閣の話が出たといわれています。『尖閣諸島には日米同盟、日米安保条約の5条が適用される』と。これは多分、わずか10分で…翻訳通訳を含めると5分ぐらいしかない中で、これが出てくるということは、首脳2人が話をしたというよりも、間違いなく専門家が用意をして『この文を読み上げてください』と、あるいは『こんなところで、どうでしょうか』と…やはり専門家同士が動いたと思います」
「今後もおそらく、日米は専門家ルートを通じた交渉し、トランプ政権より前、オバマ政権以前の外交に戻っていくっていうことかと思います。専門家ルートの複雑なところは、日本のことをよく知った人が日本のことを分析してくることになります」
「ですので、トランプ政権だと『思いやり予算を4倍に』とか『GDPの2%まで日本の防衛力を上げてほしい』とかふっかけてくるということがありましたが、たぶんバイデン政権では、駐留経費のことは言ってこないと思います。すでに世界の同盟国の中で元々、多額のホストネーションサポートを出しているところが日本です」
「アメリカの専門家たちにとって、そこは大きなポイントではなくて、おそらくポイントとなってくるのは、例えば日本の安全保障の話――ずっと日本は防衛費について、GDPの1%を堅持してきましたが、トランプ政権だと2%に引き上げてくれと、これは難しいんですが、専門家たちは『1.1%でどうだ』『1.05%で』と、日本側がやれる範囲で足元を見ながら言ってくる。ノーと言えないオファーで、刻んでくるわけですね、日本のことがわかっている分だけ、断れなくなってくると思います。そういった意味で、専門家ルートを通じた交渉というのは良い部分もありますが、逆に日本にとってやりにくい部分でもあるのかなと思います」
■トランプ政権より感じはいいが…
――笹川平和財団の渡部恒雄氏は、直接的に「金を出せ」とは言わないが、アメリカが求めるものは本質的には変わらないのだろうと言う。
(渡部氏)
「例えばトランプ政権は直接的に『在日米軍経費を出せ』と言ってきましたが、たぶんバイデン政権からは『同盟国が重要だ』『この地域の安定のために同盟国が一生懸命汗かいてくれる方がいいな』と間接的リクエストが来るでしょうね。実際、バイデン大統領が成功した例として雑誌に寄稿している例があります。副大統領のときにオバマ大統領と一緒にNATO(北大西洋条約機構)のヨーロッパの同盟国の軍事支出を段階的にGDPの2%にするという合意をしたことについて。『これは私が相当、自信を持っている良い政策だ』『トランプ氏はこの政策を自分がやったように言っているけど、これは我々(オバマ政権)がやったんだ』と言っているんです」
「正直言って、アメリカの軍事費は相当苦しくかつてのように圧倒的なお金はない。ましてや中国の経済が豊かで、しかも軍事費に相当お金使っていますから、同盟国に対して期待をするという点は、変わらないと思うんです。ただ、もっと金出せって言わないだけで、『一緒にやっていこう。いろいろ協力しよう』っていうだけで、それは悪くはないんですよ。トランプ政権よりも感じがいいですよね。だけど期待していることは、そんな変わらないです」
■対中戦略で日米関係はより緊密に
――アメリカからの要求が本質的に変わらないとしても、アジア戦略において共通の利益は拡大すると、キヤノングローバル戦略研究所の宮家氏は言う。
(宮家氏)
「日米関係においては大きな懸念材料はないですね。オバマ政権の時代に比べたら、はるかに中国を含むインド太平洋の戦略に関する日米の共通点というのは、更に増えていると思います。それを『自由で開かれた』と呼ぶかは別にして、ニュアンスの違いはあるでしょうけれども、本質においてアメリカの対中戦略が変わるとは、私は思いません」
「その意味では、日米にとって大きな誤解の種みたいなものは、もうあまりないだろうなと思います。アメリカも日本なしに対中戦略を作ることはできませんし、日本もアメリカなしに対中戦略を作ることはできませんから。その意味では、共通の利益をさらに拡大する方向に動くだろうと思います」
「ただ個別の問題については、やはり対中政策だけ見ても、アメリカがまず、やらなきゃいけないのは、国内の経済の立て直しです。そういう方向にいろいろな形でヨーロッパやアジアの同盟国を巻き込みながら、中国と仮に何か厳しいことを決めるにしても、あくまで『同盟国と協議して』という形でやっていこうとなる。そうすると日本は、必要以上に中国に対して強硬にならなきゃいけなくなるとか、そういう微妙なニュアンスの違いみたいなものが出てくる可能性はあると思います」
日米同盟の重要性が増す中、今後、日本には経済的な負担もさることながら、より一層アメリカと行動することが求められそうだ。一方、アメリカがアジア以上に主体的に関与してきたが中東問題だ。バイデン政権の中東政策がどう変わるのか? 続きは次回に…。
■4人の識者
藤崎一郎氏(中曽根康弘世界平和研究所理事長、元駐米大使)
※崎は右上が立のサキ
前嶋和弘氏(上智大学教授)
宮家邦彦氏(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)
渡部恒雄氏(笹川平和財団 上席研究員)
*この記事は、4人の識者に個別にインタビューしたものを再構成したものです。