米中間選挙「前哨戦」色濃いトランプ氏の影
バイデン政権発足後、初の大型地方選挙となった11月2日の南部・バージニア州の知事選挙。去年の大統領選ではバイデン大統領が10ポイント差で勝利した州だが、野党・共和党の候補が与党・民主党の前知事を破って勝利した。
1年後に行われる中間選挙(大統領選のない偶数年に、下院選挙と上院の議席の3分の1の改選が行われる)の前哨戦と位置づけられた今回の選挙。選挙戦と投票傾向から見えてきたのは、勢いを失うバイデン政権、そしてなお共和党に色濃い影を落とすトランプ前大統領の影響力だった。(ワシントン支局・渡邊翔)
■「トランプ隠し」の選挙戦
当選した共和党のヤンキン氏は、今回の選挙中、「トランプ隠し」に徹する作戦に出た。
トランプ氏を応援に呼ばないのはもちろん、演説でもトランプ氏に言及しない。さらにコロナ対策やワクチン接種義務化、マスク着用の是非など、バイデン政権とトランプ氏に近い共和党の保守派が激しく対立する問題にもできる限り触れず、実業家出身の候補者として、経済対策に焦点を合わせた。
また有力紙ワシントンポストも、イメージ戦略として「テレビでは優しい、郊外に住む父親として自身を演出した」と分析するなど、無党派層の取り込みを重視した戦略だ。
一方で、トランプ支持者の支持もつなぎとめるために取り上げたのは、教育の問題。全米で大きな議論になっている「批判的人種理論」について、「当選すれば、就任初日に学校で教えることを禁止する」との公約を掲げた。
「批判的人種理論」とは、「人種差別は個人の心情の問題というよりも、社会構造の問題だ」とする考え方で、共和党が地盤とする多くの州では、この理論が「アメリカ社会を作り出した白人を非難している」などとして、保護者らが反発。人種差別の歴史について教育するのをやめるよう、学校に迫る事例が多発している。しかもトランプ氏も去年の大統領選で「批判的人種理論」に反発していた。
教育問題は、幅広い支持者の取り込みを図りつつ、トランプ支持者の支持も得るには好材料だったと言える。結果、ヤンキン氏は、序盤の劣勢をはね返し、投開票日直前に支持率で民主党のマコーリフ氏を逆転。(リアル・クリア・ポリティクス)勝利につなげた。
■それでも主役はトランプ氏
「トランプ隠し」の選挙戦を展開したヤンキン氏だったが、一方のトランプ氏本人はと言えば、お構いなしに、選挙中もしばしばニュースを提供した。
10月中旬、共和党のヤンキン支持者の集会(ヤンキン氏本人は出席していない)に電話で登場し、「ヤンキン氏は素晴らしい男だ」と称賛。この集会では、1月6日の議事堂占拠事件の際に現場にあったトランプ支持者の旗に参加者が「忠誠を誓い」、物議を醸した。
さらに選挙戦最終日には、またヤンキン氏がいない集会に電話出演し、「私たちは素晴らしい関係を築いている。ヤンキンに投票してほしい」と良好な関係をアピールする「援護射撃」に出た。
ヤンキン氏が「トランプ隠し」を試みても、トランプ氏本人がしばしば話題を提供したこと、さらに隠すことで逆にトランプ氏の存在感が強調される結果となり、有力ネットメディアのポリティコは、「トランプ氏は、選挙結果にかかわらず、自分好みのイメージを作り上げている」と分析した。
トランプ氏も、選挙後、「アメリカを再び偉大にする動きは、これまでになく大きく、強くなっている」と上機嫌の声明を発表した。
■トランプ批判不発…バイデン政権の「内紛」も選挙にマイナスの影響
一方、与党・民主党の前知事、マコーリフ氏は選挙戦で、ヤンキン氏をトランプ氏と結びつけて批判することを徹底した。「ヤンキンはトランプのための候補者だ」「トランプはまだここにいる」などと呼びかけ、トランプ批判のテレビCMも展開。大統領選の翌年で、民主党員の「選挙疲れ」も指摘される中、「反トランプ」票の取り込みを狙った。
選挙戦終盤の10月26日、マコーリフ氏の応援に訪れたバイデン大統領も、「私はドナルド・トランプと対決した。そして、マコーリフはトランプ支持者を相手にしている」と呼びかけ、演説の多くをトランプ批判に割いた。
しかし、アメリカメディアは結果的にこうしたトランプ氏の「争点化」は、不発に終わったと分析している。
トランプ氏本人も、投開票日の声明で、「『トランプ』という人物へのマコーリフのキャンペーンが、ヤンキンを大いに助けたように見える。おかげで私は、ヤンキンの集会に行く必要さえなかった」と皮肉る始末だった。
さらに、バイデン大統領、ハリス副大統領、オバマ元大統領など、大物が次々とマコーリフ氏の応援に入ったことで、知事選が「バイデン政権の中間評価」の様相を強めるというマイナスの側面もあった。
バイデン政権の支持率が42%と(NBC)歴代の政権でも(同時期比)最低レベルに落ち込む中、特にバイデン政権が看板政策として掲げるインフラ投資法案が、民主党内の対立によって、当初の目標の10月中に議会で可決・成立しなかったことは、マコーリフ陣営に大きなショックを与えたという。
ニューヨーク・タイムズによると、「マコーリフ氏と側近たちは、唖然とし、激怒した。大統領がもっと積極的に議会に働きかけなかったことに困惑し、ワシントンからのネガティブな情報がまた一つ増えたことに絶望した」。選挙当日も、バイデン大統領は外遊先のイギリスで「勝利するだろう」と強気だったが、アフガン撤退の失敗から続く政権のマイナス基調は、知事選にも一定の影響を与えたとみられる。
■「トランプ氏との距離感」モデルケース得た共和党、戦略見直し迫られる民主党
投開票から一夜明け、アメリカメディアはおおむね、ヤンキン氏がトランプ氏とうまく距離を保つことに成功したと分析している。
ブルームバーグは、今回の選挙で見えたポスト・トランプ時代の最適な戦略は、「共和党の予備選挙ではトランプ氏を支持し、本選挙では無党派層向けにトランプ氏と距離を置くことだ」と指摘する。それでも、NBCの出口調査では、共和党支持者の4分の3近くがトランプ氏を「好ましく思う」と回答した。
中間選挙に向け、「トランプ氏を切り捨てては勝てない」という傾向は続いているように見える。
一方、バイデン大統領と民主党にとって、今回の敗北は来年の中間選挙に向けて大きな打撃となった。
ニューヨーク・タイムズは、民主党支持者の「反トランプ」のエネルギーが、無関心に変わってしまったことが浮き彫りになり、社会がコロナ前に戻っていないことへの有権者の不満が表れた選挙だったと分析している。
出口調査では、バイデン大統領の支持率は支持43%に対して、不支持が56%と上回った。
中間選挙まであと1年。バイデン大統領と民主党は、反転攻勢に向けて戦略の見直しを迫られるが、残された時間はそこまで長くない。
■写真:ホワイトハウス提供