ロシアの次の標的?モルドバの『鉄の女』サンドゥ大統領の素顔とは
ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシア。次の標的と懸念されるのが、ウクライナの南西に位置する「モルドバ共和国」です。そのモルドバでは「鉄の女」と称される大統領の言動が注目されています。
5月4日放送のBS日テレ「深層NEWS」では、ロシアNIS経済研究所所長の服部倫卓さん、筑波大学教授の東野篤子さんゲストに、モルドバのサンドゥ大統領の素顔や毅然としたロシアへの対応の真意について議論しました。
■「専制政治は我が国には定着しない」
右松健太キャスター
「モルドバ共和国のトップを務めるのが"鉄の女"とも呼ばれるマイア・サンドゥ大統領。モルドバは3月にEUへの加盟を申請しているが、その際の記者会見でこう述べた」
(モルドバ共和国 サンドゥ大統領)
「モルドバ共和国の国民は成熟した国民であることを世界に示しています。専制政治が我が国に定着しなかったことで、私たちはそのことを証明しました」
(モルドバ共和国・サンドゥ大統領)
「いまウクライナでの戦争の日々、モルドバの国境で砲撃の音が聞こえる中、私たちは成長した姿を保ち、惨劇から逃れる隣人たちに助けを提供しています。私たちは中立を保ちつつ、団結し、冷静に、寛大に、責任を持って行動します。モルドバ共和国には明確なヨーロッパへの道筋を明確にたどる必要があります」
右松キャスター
「『中立』という言葉もあるが『モルドバに専制政治は定着しない』と述べている。この発言から見る政治観、対ロシア観は?」
服部倫卓氏
「旧ソ連地域ではいま、ロシアの旗のもとに専制政治を守ろうとする国と、ウクライナやモルドバのように市民社会を築いてEUに入っていこうという考えに二分されていて、その立ち位置を明確にしたのだと思います。モルドバでは(政治が)相当腐敗し混乱してきた時代が長く続いてきました。だからそのような『悪しき自分の国の過去とも決別する』ということを言っているのです」
■「鉄の女」サンドゥ大統領とは
右松キャスター
「この会見を行ったのはロシアによる軍事侵攻から1週間後。毅然とした態度を見せるサンドゥ大統領の人物像とは」
笹崎里菜アナ
「マイア・サンドゥ大統領は、現在49歳。2010年にアメリカ・ハーバード大で修士号を取得し、2年間ワシントンの世界銀行で勤務。その後、2012年に教育大臣に就任しました。民主主義的な価値を譲らず、妥協しない姿勢から『鉄の女』とも呼ばれます」
笹崎アナ
「サンドゥ大統領は30代後半でハーバード大の修士号を取得したエコノミスト。なぜ政界に進んだのですか」
服部氏
「モルドバの政治家は今までも一応『民主主義』や『なんちゃって欧米路線』のようなものをずっと掲げてはいたのです」「しかし実は腐敗しきっていて巨額の資産を自分の懐に入れてしまうような体制がずっと続いていたのです」「彼女はそういうことに終止符を打って、腐敗体質を完全に根絶するということをちゃんと実践しようとした人なのです」
右松キャスター
「『鉄の女』というとイギリスのサッチャー首相が一番に浮かぶ。両者が重なるところは?」
服部氏「もちろんサッチャーさんのような『新自由主義』は、モルドバは欧州最貧国なのでとてもできない。サッチャーさんはフォークランド紛争で株を上げましたが、サンドゥ大統領は軍事で名を上げようという気はないでしょう。むしろ軍事面については非常に気弱な発言をしているというところもあります。しかし、サンドゥ大統領はとにかく自分の信念を曲げない。『部下に対してもかなり厳しい』と自分でも言っています。妥協を許さない姿勢が『鉄の女』といわれるところだと思います」
■閣僚時代に首相を辞任へ追い込む
笹崎アナ
「ルーマニアのメディアによると、かつてサンドゥ大統領は教育大臣時代、上司にあたる首相が学歴を詐称していると検察に訴え、首相を辞任に追い込みました。その後、2020年大統領選に出馬して親ロシアの現職だったドドン大統領に勝利しました」
右松キャスター
「日本ではあまり考えられないが、閣僚が首相を追及し辞任に追い込んだと」
東野篤子氏
「それが『鉄の女』と呼ばれる所以なのかもしれませんが、上の者に対しても忖度をしない。そして民主主義路線や汚職撲滅ということは、ウクライナ情勢前からEUなどとの関係を強めていくときに非常に厳しくEUから指摘をされていたことです」
「(EU加盟を目指す上で)透明性の高い政治家による統治というのは非常に大事だということは、特にEUから言われていたことなので、詐称や怪しげな手法でのし上がってきたような政治家は一掃し、そして自他共に認めるクリーンな国になりたいというところは非常に強い政治意思として感じるところです」
右松キャスター
「3月3日にEU加盟を表明した。実際にどのぐらいの期間で実現するとみる?」
東野氏「EUとしては必死にどのように時間を短くしようかというところを話し合っているのですが、さすがに他の国は(EU加盟に)10年程かかったところを数か月というわけにはいきません。やはり数年間、どんなに早くても5、6年なんでしょうけれども、それでもEUとしてはものすごいスピードでやっていると思います」
「ただそのためには、改革が追いつかないとどうしようもない。やはり小さい国ですので、例えばEUの市場圧力にそのままさらされてしまっては、その国がダメージを受けてしまう。これはウクライナにもジョージアにも実は言えることなのです。やはり万全な準備を整えてからEUに入るということが結局はその国のためなんだという路線はおそらく加盟申請を行ったモルドバ側も、そしてEUにも共有されている認識なのだと思います」
■「鉄の女」サンドゥ大統領が禁止したものとは
右松キャスター
「強い姿勢を見せるサンドゥ大統領はモルドバ国内で禁止したものがあると」
笹崎アナ
「黒とオレンジの縦縞の『聖ゲオルギーリボン』です。ロシアでは5月9日の『対独戦勝記念日』に、このリボンをつけて祝うという習わしがあります。モルドバは、このリボンやロシア軍のウクライナ侵攻を象徴する『Z』などのシンボルを公に示すことを禁止しました。この決定に関してサンドゥ大統領はモルドバ語、ロシア語を使って次のように話しています」
(モルドバ・サンドゥ大統領)
「私たちは戦争とその象徴に対して断固として『ノー』と言わなければなりません。私たちのコミュニティからそれらを除外することを主張します。これらのシンボルは、破壊と死とその他の野蛮なシンボルとともに歴史のゴミ箱に捨てるべきものです」
笹崎アナ
「サンドゥ大統領はロシア語でも訴えました」
(モルドバ・サンドゥ大統領)
「残念ながら、今日、戦争はヨーロッパ大陸に帰ってきました。どんなニュース放送でも、戦車がウクライナの街に撃ち込み、市民を殺しているのを見ることができます。平和のために捧げられた命の記憶と、現在の非人道的な戦争を同じシンボルで結びつけることは不可能です。そして政治的な目的のために歴史を利用し、社会を分裂させることは道徳に背くことです」
「モルドバは平和を必要としています。モルドバの人々はウクライナの人々とともに、戦争は止めなければなりません。平和を取り戻さなければなりません」
右松キャスター
「ふたつの言語を使い分け、国内全ての人に伝えたいという思いが伝わる。今回の聖ゲオルギーリボンの禁止についてどうみている?」
服部氏
「私は政治的にリスクのある決定だったと思います。元々このリボンやこのデザインは帝政ロシアまでさかのぼる古いもので、今日のような政治的意味を帯び始めたのは、つい最近のことなのです」
「具体的に言えば2014年のウクライナ危機のときに反マイダン派がこのリボンをつけて戦った。それをプーチン・ロシアが引き継ぐような形で、今やプーチン・ロシア体制のシンボルのようになってしまったわけです」
「ただ、モルドバにおいても5月9日の戦勝記念日にこのリボンを身につけて練り歩きたいという人たちが多いのですが、サンドゥ政権はこれを禁止してしまって罰金まで取ると言っているのです。モルドバが取り締まることは、ロシアが介入する口実を与えてしまうリスクを私は感じていて、今回これはちょっとどうだったのかと正直思っています」
飯塚恵子 読売新聞編集委員
「モルドバはもともとエネルギー源として天然ガスの輸入も100%ロシアに依存していて、去年は総選挙で親欧米派が勝ったあとから、ロシア国営ガス大手『ガスプロム』が供給量を減らし、緊急事態宣言まで出す騒ぎになっている。ロシアに圧をかけられて日常的に揺さぶられている国柄であるのは間違いないですね」
「さらにトランスニストリアの存在です。これ元々は盛んな工業地帯で、この地域だけで実はモルドバのGDPの40%を担ってるんです。さらにダムや発電所、製鉄所、地場産業のコニャックの製造所がたくさんあり、経済の源になっている地域でもあるのです」
「そういう地政学・軍事的な理由だけでなくて国の経済としても本当は手放したくない地域なのだと思います。サンドゥ大統領としては、これからも揺さぶられながら進んでいかないといけないんだなと感じます」
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