バイデン大統領 初の日韓訪問 米識者が見る成果と課題
バイデン大統領就任後、初の東アジア訪問となった今回の日韓訪問。日米・米韓首脳会談、そしてクアッド首脳会議など、随所に中国を強く意識した内容が盛り込まれ、大統領は東京で、新たな経済枠組み「IPEF=インド太平洋経済枠組み」の立ち上げも表明した。アメリカのシンクタンクの識者らに、今回の訪問の成果と課題を聞いた。
■【安全保障】核を含む「拡大抑止」を確認 「核兵器使用の意思決定プロセス強化を」
ロシアのウクライナ侵攻や影響力を増す中国、北朝鮮など、日本を取り巻く脅威が高まる中で行われた、23日の日米首脳会談。
岸田首相とバイデン大統領は、アメリカの「核の傘」を含む、「拡大抑止」と呼ばれる防衛力の維持・強化を改めて確認した。また岸田首相は、防衛費の「相当な増額」を表明するなど、中国を念頭に、安全保障面での連携強化が強く打ち出された。
米国笹川平和財団シニアディレクターのジェームズ・ショフ氏は、日本の防衛費増額の表明を、「アメリカは非常に喜んでいる。地域の同盟国全体の能力も高めるものだ」と歓迎する。
また、ロシアのプーチン大統領が核兵器を使用する可能性に言及するなど、核兵器への不安が高まる中、日米が核を含む「拡大抑止」を再確認したことも、大きな成果だと評価した。
その上でショフ氏は、今後は、万一アメリカが、日本の防衛のために核兵器を使うような事態になった際の、政治的な意思決定プロセスのあり方を、日米両国がどう具体的に議論していくかがポイントになると指摘する。
「核兵器を使うかどうかはアメリカ大統領の判断だが、北朝鮮や中国が何かしてきたときに、日本の首相が即座に記者会見し、『我々は核の使用について協議した。核の使用が正当だと同意し、賛同する』と言ってくれることが必要だ。韓国の大統領にも同じように思ってもらうことが重要だ。
最悪の事態は、ある特定の状況下で核兵器を使うか使わないか、その判断に同盟国が疑問を抱いてしまうことだ」
一方、日米首脳の共同会見では、岸田首相が来年のG7=主要7か国首脳会議を被爆地・広島で行うと表明。
共同声明では「核兵器のない世界」に向けて協力することを改めて確認し、核戦力を強化する中国に対して、核軍縮を進展させるよう求める文言も盛り込まれた。
「核兵器のない世界」を目指しながら、核を含む「拡大抑止」を確認する。一見、相反するような要素だが、ショフ氏は両者は矛盾しないと解説する。
「核の傘を日本や韓国に広げることは、核拡散を防ぎ、核兵器の総数を減らすという目標に合致している。
たとえばもし、中国が北朝鮮に「核の傘」を広げ、北朝鮮が中国を信頼していれば、北朝鮮は核開発をしなかっただろう。
核の抑止力は、核兵器の数や、核兵器への依存を減らす努力と一貫している」
■【経済】対中意識の経済圏構想「IPEF」 無難なスタートも今後が正念場
一方、バイデン大統領が今回の日韓訪問の最大の目玉に据えたのが、中国に対抗するための新たな経済連携、「IPEF=インド太平洋経済枠組み」の発足だ。貿易、サプライチェーン、脱炭素とインフラ、腐敗防止の4つの分野で連携を強化し、貿易やビジネスの共通のルール・理念の設定を目指す。
立ち上げメンバーは、ASEAN諸国から、事前の予想を上回る7か国が加わり、計13か国となった。
(注:ホワイトハウスはその後26日になって、フィジーが創設メンバーとしてIPEFに参加すると追加発表した。これにより、参加国は14か国となる)
ウイルソン・センターでインド太平洋の経済分野のディレクターを務める後藤志保子氏は、「参加国も想像以上に多かった」と評価した上で、IPEFのポイントをこう解説する。
「経済協力の面で何を問題とするか、何を優先させるかという点での(参加国の)共通の見解ができたこと。もう一つは、中国への『対抗意識』が確立されたこと。中国に対する認識を一つにまとめることができたという意味で、(枠組み発足は)スタート地点にはなったと思う」
一方で、IPEFには「関税引き下げ交渉」が含まれない。さらに、「貿易、サプライチェーン、脱炭素とインフラ、腐敗防止」の4分野のうち、各国は希望する分野のみに参加することが認められる方向で、そうなれば「いいとこ取り」も可能だ。後藤氏は、ASEAN諸国などにとっては「経済的なメリットはそれほどないが、逆にデメリットもない、『当たり障りのない枠組み』とも言える」と分析する。それだけに、IPEFが今後、何を達成できるかが問われると指摘した。
「4つの分野をどうやって進めていくか。具体的に何を、どこまで達成できるのかが一番の問題です。最終的な目標がはっきりしていない中で、アメリカ自身が、どう関与するかも難しい」
■【北朝鮮】金総書記に「ハロー、以上だ」 対北朝鮮外交は依然糸口つかめず
一方、今年に入って相次いでミサイルを発射する北朝鮮への対応も今回、大きなテーマとなった。
北朝鮮への強硬姿勢を打ち出す尹新大統領との米韓首脳会談では、抑止力を強化し、米韓合同軍事演習の規模の拡大に向けた協議を始めることを決定。また日米首脳会談では、拉致問題解決へのアメリカの関与も改めて確認した。
ヘリテージ財団のブルース・クリングナー上級研究員は、特に韓国の政権交代によって、日米韓がより緊密に連携して北朝鮮問題に取り組めるようになると評価する。
「韓国の尹大統領の発言を聞いても、尹政権は、よりワシントンと歩調を合わせていくようになる。日米韓3か国も、対話によって、外交的に核問題を解決したいという点では一致している。また、同盟国同士(日韓)の摩擦が減り、政策調整の一貫性が高まることも、我々は期待している」
一方で、非核化にむけた米朝交渉への糸口はつかめていない。
韓国訪問中、記者から金正恩総書記へのメッセージを問われたバイデン大統領も「ハロー、以上だ」と言葉少なだった。
クリングナー氏は、アメリカは北朝鮮に、前提条件なしでの交渉を呼びかけているが、首脳会談は別だと強調する。
「トランプ前大統領のように、写真だけ撮って何も達成できない首脳会談は望んでいない。なので、実務レベルで準備をしたいが、北朝鮮は交渉を拒否している」
バイデン政権は、新型コロナウイルスの感染が拡大する北朝鮮にワクチン支援を行う用意があることも表明したが、バイデン大統領が日本からワシントンへ戻る途中に、北朝鮮は弾道ミサイル3発を発射した。
事態の打開が見通せない状況が続いている。