【コロンビア号事故から20年】NASAは事故の教訓をどう活かすのか 現場で尽力する2人の人物を取材
コロンビア号事故から今年で20年。スペースシャトルの事故による教訓は今でも有効で現場で活かされ続けている。事故後、運用再開に尽力したあの2人の日本人宇宙飛行士の活躍も紹介。一度失った信頼をどう勝ち得たのかその奮闘を再発見。
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宇宙飛行士7人が死亡したスペースシャトル、コロンビア号の事故から今年の2月1日で20年を迎えました。2025年に月面着陸を目指すアルテミス計画がスタートし、民間人の宇宙飛行も今後拡大していくとされる中、NASAは事故の教訓をどう受け継いで次世代に生かそうとしているのか、過去の事故を検証し未来の宇宙開発に尽力する2人の人物を通して見ていきます。
アルテミス計画1号機の打ち上げでもリポートした、日本テレビNY支局の末岡記者の取材です。
末岡記者は、自身が小学生だった頃にみたスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故と20年前にコロンビア号が空中分解する映像が鮮明に心に刻まれていて、悲劇を繰り返さないためNASAがどのような対策を取っているのかを知りたいと思い取材をはじめました。
■NASA「追悼の日」
NASAでは過去の死亡事故が1月末から2月1日までの間に起きていて、毎年1月の最終木曜日を「追悼の日」と定めています。ことしの追悼式典は1月26日に行われ、殉職した宇宙飛行士に黙祷が捧げられ、宇宙開発への安全を誓う日となりました。
宇宙からの帰還時に耐熱素材の問題で、シャトルの機体がバラバラになって宇宙飛行士7人が死亡したコロンビア号事故から2月1日で20年となります。NASAは他にも大きな死亡事故を起こしていて、1967年1月27日には、訓練中のアポロ1号で火災が起き3人が死亡、1986年1月28日にはスペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げ時に爆発して7人が亡くなりました。
3つの大きな事故がいずれもこの時期に起きたわけですが、その中でも今年で20年という節目にあたるコロンビア号の事故について宇宙飛行士の野口聡一さんもTwitterにこう書き込んでいます。
「スペースシャトル #コロンビア号事故 から20年。7名の宇宙飛行士が犠牲になり、そのうち3名は私の宇宙飛行士同期生でした。あの日の衝撃はいまだに忘れられません。 #ISS 船内には今も彼らの遺影が飾られています。彼らの功績を語り継ぐのが、残された我々の仕事です」
宇宙への有人飛行は今年も色々と計画されていますが、この「功績を語り継ぐ」こと、そして事故から将来の安全性を導くというのが一番大きなポイントです。
■元打ち上げチームのチアニリさん NASAの事故を語り継ぐ
NASAでは犠牲を過去ものとしないためコロンビア号の事故を語り継いでいる人がいます。20年前にコロンビア号の打ち上げチームに所属していたチアニリさんは着陸後の作業を担当する予定でしたが、出勤前のテレビで事故を目の当たりにしました。事故の処理に関わったあと、航空宇宙、防衛関連の企業関係者や若い世代にコロンビア号事故の教訓を語り継いでいます
――NASA アポロ・チャレンジャー・コロンビア・レッスンラーンド・プログラムの責任者マイケル・チアニリさん:
「歴史的に起こったことだけでなく、そこから何を学ぶか、それを今日にどう生かすか。そして、それをどのように明日に生かすか。事実、それは無駄な犠牲ではないのです。私たちには、過去から学び、未来をより安全で成功なものにするための、素晴らしく、特別な貴重な機会があるということを、世界の皆さんに伝えたいと思います。事故調査報告書は耳が痛い内容でした。なぜならこの事故には物理的な原因に加えて、人間側にも同じように責任があることがわかったからです」
チアニリさんは「事故は物理的な原因だけではなく人間にも責任があった」と話しています。コロンビア号の事故の直接の原因は耐熱素材の不備でしたが、機械的なトラブルに至るまでに、チアニリさんが強調する一つはコミュニケーションです。
■NASAに組織的問題 事故の原因「コミュニケーション」
爆発の原因は打ち上げ直後に、燃料タンクからはがれ落ちた断熱材がシャトルの耐熱素材に衝突し破損、地球への再突入の際に機体が空中分解したことでした。NASAの一部の技術者から断熱材衝突による危険についての警告が出ていたのに、上層部が軽視したと事故報告書では指摘されています。さらに組織の問題点として「意思疎通を妨げたり、意見の相違を抑圧したり、組織的な障壁がある」とされました。
チアニリさんによるとあらゆる事故原因の上位にコミュニケーション不足が入るということです。ただ伝えるだけではなくて、相手がきちんと理解できているか、伝わっていないならどうフォローアップするかがとても大事で、事故後NASAはコミュニケーションを強化したということです。チアニリさんは、みんなが物事を話すことができるオープンな文化が大切だと強調しました。
■スペースシャトル再開に尽力 2人の宇宙飛行士の活躍
コロンビア号事故を受けてスペースシャトルの打ち上げは中断することになりますが、打ち上げ再開に向けて重要な役割を担ったのが、若き2人の宇宙飛行士、若田光一さんと野口聡一さんです。事故調査報告書が求める安全への技術的な改善に努めました。
現在、日本人宇宙飛行士として最高齢でISSに滞在中の若田さんですが、コロンビア号事故があった当時は39歳でした。若田さんはロボットアームの操作技術の高さを買われてスペースシャトルの機体を宇宙空間で検査するための機械の開発に参加しました。
事故の直接的な原因は打ち上げ時の機体損傷だったのでスペースシャトル運航再開には、宇宙空間で機体の検査ができる事、損傷があった場合に修理出来る事が技術的に求められていました。
そして野口さんは事故後のスペースシャトル打ち上げ再開ミッションとしてディスカバリー号に搭乗することになります。
若田さんらが開発した検査機器の操作方法や船外活動で損傷した耐熱タイルの補修作業を習得した結果、初宇宙飛行だった野口さんは、このミッションで3回の船外活動をこなしました。その功績はNASAからも高く評価されました。
野口さんは去年のJAXAを退職する際の会見に、コロンビア号のピンバッジを胸につけてのぞみました。会見では「宇宙にいると色んな危険はいっぱいある、船外活動の4回目は宇宙ステーションの端っこまで行って、この先は死しかないというギリギリの所まで行った」とふりかえりました。また25年間で一番つらかったことは?という質問には、コロンビア号事故をあげ、「仲間7名が亡くなって、あの7名の見た景色と伝えたかったことを伝えていく。そのためには何が何でも帰還すると、帰ってくるっていうのが私の宇宙飛行士としてのテーゼだった」と語りました。
野口さんのTwitterにあったコロンビア号の搭乗員である同期3人の功績を語り継いでいくと言うことは人間の責任、人間の強さによって宇宙開発が紡がれてきたと言い換えられるのではないでしょうか。
■20年前の事故からも いまに活かされる「事故の教訓」
そして現在は、野口さんも若田さんも搭乗したクルードラゴンの「スペースX」など民間企業も宇宙ビジネスに参入しています。
最初に紹介したチアニリさんはイーロン・マスク氏のスペースXのスタッフとも一緒に仕事をしているそうです。打ち上げビジネスに関わる企業にNASAの経験を共有し、安全面など様々な改善を行っているそうです。
チアニリさんはコロンビア号で起こったことを分析した結果、クルーの体を固定するハーネスやシートが効果的に機能していなかったことが分かったため、より安全性のある座席となるよう設計に変更が加えられたということです。チアニリさんは事故から20年経った今も、安全を伝えるというコロンビア号のミッションは続いていると語っていました。
今後アルテミス計画の本格始動により、ISS(国際宇宙ステーション)の滞在とは違い、宇宙飛行士は「未知」の月面を開拓していくことになります。
2024年に予定されているアルテミス2では、オリオン宇宙船に人が乗ることになっていますし、月面着陸や月探査では宇宙飛行士たちが命がけで挑むことになるります。
■アルテミス計画の責任者フランクさん「様々な意見を歓迎する文化」
アルテミス計画で月を目指す宇宙船オリオンの責任者フランク・リンさんに話を聞くことが出来ました。コロンビア号で亡くなった宇宙飛行士と知り合いで、事故後は機体のがれきの回収にあたったというリンさんも、コミュニケーションの重要性を強調しました。
――オリオン宇宙船責任者・フランク・リンさん
「安全性こそ、私たちの毎日の仕事で最も重要な点です。宇宙船をミッションで飛ばす時には、宇宙飛行士が乗っているかのように行なっています。コロンビアの事故から学び、現在に活かしていることとは、もし何か問題を見つけたときは発言する、ということをスタッフに強調している点です。
今日の私たちの文化は、様々な意見を歓迎するというものです。あらゆる意見を聞きたいですし、耳が痛い意見も是非聞いて、検討して、なぜその人がそうした懸念を感じているかを理解するべきなのです。
いかなる意思伝達も阻害しないようにしたいと考えています。反対意見も、それを検討し、対応したいと考えています。それこそが、毎年この時期になると、注意深くスタッフに強調していく、そういう文化があります」
システム面でのキーワードは「冗長性」、何かが動かなくなっても他のものが代わりに機能するという考えでシステムを組んでいると話していました。常にバックアップを持っているという考え方が「設計の哲学」でスペースシャトル時代から変わっていないそうです。
興味深いのは、野口さんがコロンビア号の事故後に行ったチームワークの訓練というのがあって、それは「みんな仲良く、協力して」というような漠然としたものではなく、まずは「メンバーそれぞれの責任範囲と仕事量をしっかり決める」、そして「誰かがミスしてもカバーしあえるようにバックアップ役を考えておく」というものです。「それぞれのメンバーが持つ能力と資質を最大限に生かし、チームとして最大の成果を生み出す」。これが宇宙飛行士に求められるチームワークだと記していました。
■コロンビア号事故の教訓を活かし 新たな宇宙探査へ
アルテミスが1か月間の試験飛行から帰ってきて、2023年はいよいよ有人での月飛行を目指す第一歩の年となります。アルテミス計画は順調に進んでいるのでしょうか。
オリオン宇宙船責任者・フランク・リンさんによると、月の周回旅行から帰ってきた宇宙船のデータを分析したところ、機体は非常に良く機能して、太陽電池の性能は期待以上だったということです。またコロンビア号は耐熱素材の不備が事故原因でした。月からの帰還時には、地球を周回するスペースシャトルよりはるかに高い高度から大気圏に突入するため、宇宙船は2760度という非常に高熱に耐えないといけないのですが、試験飛行で問題なく機能したということです。計画はほぼ予定通りで、2024年の年末までに人を乗せた宇宙船が月を目指して打ち上げられる可能性は非常に高いということです。