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ロシアが仕掛けるフェイクニュース…情報戦の最前線をキーウで取材

2023年10月28日 13:52
ロシアが仕掛けるフェイクニュース…情報戦の最前線をキーウで取材
ウクライナの反転攻勢が膠着状態に陥るなか、ロシアが仕掛けるフェイクニュースの勢いが増している。日本の飲食店が巻き込まれたケースも。フェイクニュースの実態とは。どのような対策が行われているのか。情報戦の最前線をキーウで取材した。(国際部・鈴木しおり)

■ウクライナ大統領夫人が「イスラエル国籍」?

今年6月、複数のロシアメディアが一斉にある女性のパスポート画像を取り上げた。女性はウクライナのゼレンスキー大統領の妻・オレナ夫人だが、国籍がなぜか「イスラエル」に。これは、ロシア側が「ゼレンスキー夫人がウクライナを捨ててイスラエルに逃亡しようとしている」というフェイクニュースを広めるためにねつ造した画像とみられている。アルファベットと数字のフォントが異なるなど、不審な点もある。

ウクライナ東部・南部での攻防が膠着状態で長期化するなか、オレナ夫人に関するフェイクニュースが拡散されたケースのように、サイバー空間での情報戦の激しさが増している。

■フェイクニュースに対抗する精鋭組織「偽情報対策センター」

10月中旬、NNN取材班は、キーウにある「偽情報対策センター」を訪ねた。2021年に設立された公的機関で、ロシア側が発信するフェイクニュースを監視・分析し、正しい情報を発信している。

センターでは、広大なインターネット空間でどのようにフェイクニュースを監視・分析しているのか。ひとつは、自動監視システムだ。センターでは、30分ごとに14000件のニュースサイトやSNSアカウントを監視し、フェイクニュースの可能性があるものにアラートを出す独自のプログラムを開発したという。もうひとつは、人海戦術による目視。センターの職員はデジタルネイティブの20代やジャーナリスト出身者が中心となっていて、日々目視でニュースやSNSを監視し続けている。

インタビューに応じた所長代理は、「ロシアは、国際社会からウクライナの信用を失墜させることを目的とした巨大な偽情報作戦をいまも展開し続けている」と語った。1日に50件のフェイクニュースが見つかったこともあるという。

■日本の寿司チェーンが巻き込まれたフェイクニュース

複数のロシアメディアが取り上げたこの画像には、日本の寿司チェーンのロゴが使われていて、あたかも店頭の看板のように見える。真ん中には、寿司職人がウクライナ人女性の口元を押さえているイラストが。さらに、左側には「話題を変えよう・美味しい寿司について話そう」というキャッチコピーが書いてある。これはイラストを踏まえると、「ウクライナについての話題を変えよう」という意味にとれる。つまり、このフェイクニュースは、ウクライナ国内に向けて、「日本はもうウクライナ支援に疲れているんですよ」というメッセージを送る狙いがあるとみられる。

センターでは日本大使館と寿司チェーンに連絡をとり、この画像がねつ造だと認定。発見から24時間のうちに、「これはフェイクニュースです」という発信を行った。その後、寿司チェーンも「拡散されている画像は無関係」とする声明を発表している。

最近も、イスラエル・パレスチナ情勢に関連して、「ウクライナがハマスに武器を供給している」とする記事がロシアメディアから発信された。これには「ウクライナは信用できない」というメッセージを広げる意図があるとみられる。

■ロシア側が発信したい「3つのメッセージ」

センターの統括分析官によると、ロシア側が発信するウクライナ関連のフェイクニュースには、3つのメッセージを広める目的があるという。

(1)戦争を始めたのはロシアではない、悪いのはウクライナだ
(2)ウクライナは信用できない国だ、支援はやめよう
(3)国際社会はウクライナを見限りつつある、降伏すべき

寿司のフェイクニュースは(3)に、ハマスのフェイクニュースは(2)にあたる。

センターの統括分析官は、「拡散してしまったフェイクニュースを完全に潰すことは難しいので、広がり始める前に素早く対応して正しい情報を発信することが重要」と語った。そのためより早くフェイクニュースを検知するシステムを開発することが課題となっていて、センターでは日本を含む各国と連携していきたいとしている。

■情報統制に立ち入り規制…苦悩するウクライナメディア

一方、私たちはウクライナ公共放送「ススピーリネ」も訪ねた。こうした情報戦のなかで報道を続けているウクライナメディアは、難しい対応を迫られている。というのも、戦況が膠着状態のなか、ウクライナ国防省が発表する報告はより情報統制されているからだ。さらに、報道機関が前線に立ち入ることは軍によって厳しく規制されている。「表に出る情報をコントロールする」…これも情報戦のひとつの側面だが、報道機関として前線の状況を伝えたいというウクライナメディアとしてはもどかしい状況だ。

「ススピーリネ」のプロデューサーは、「公式発表だけでは戦争の現実は伝わらない」「独自の人脈で前線の兵士から映像や情報をもらってニュースを作っている」と話す。実際に反転攻勢の作戦に参加している兵士から、「自分たちのことを知ってほしい」とボディカメラの映像が送られてくることもあるという。

■キーウ取材で目にした「ウクライナ国内で広がる乖離」

さらに、「ススピーリネ」は、激しい攻撃が続くヘルソンやハルキウで、軍と交渉を重ねながらいまも取材を続けている。ただ、実際にハルキウにいる記者に話を聞くと、「ウクライナ軍の居場所が分かるような情報を表に出してしまうと、ロシア軍を利することになってしまうので、慎重にコントロールしている」と話していた。

今回キーウを取材して感じたのは、日常を取り戻し始めたキーウと激しい戦闘が続く前線の「乖離」だ。前線からキーウに戻ってきた兵士は、「命をかけて戦っている兵士のことをみんな忘れてしまっているのではないか」とこぼしていた。「ススピーリネ」もこうした問題意識を持っていて、「最前線の今を伝え続けなければいけない」と何度も強調していた。侵攻が長引けば長引くほど、「ススピーリネ」のような取り組みは重みを増してきそうだ。

また、ロシア側はウクライナの士気を削ぐため、さらに多くのフェイクニュースを作っていくとみられる。現実世界の戦争のみならず、サイバー空間での情報戦にも、ウクライナや、ひいては国際社会が対処できるかどうかが、今後の焦点となる。