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【コラム】「皆既日食」アメリカ横断(後編) “180秒”の天体ショーの瞬間は? 予報士記者が明かす取材のウラ側

2024年4月14日 21:00
【コラム】「皆既日食」アメリカ横断(後編) “180秒”の天体ショーの瞬間は? 予報士記者が明かす取材のウラ側

2024年4月8日に北米の広い範囲で「皆既日食」が観測された。日食を取材するのにベストな気象条件は、どこか? “日食ハンター”が殺到しホテルは高騰。180秒の天体ショー取材のウラ側を、気象予報士でもある取材記者が明かす。
(NNNニューヨーク支局長・気象予報士 末岡寛雄)
 協力:平井史生 気象予報士

前編から続く>

■【「皆既日食」前日】大自然が広がるバーモント州…ワイナリーでは“日食ワイン”

「皆既日食」の前日、ニューヨークを出てバーモント州に近づくにつれ、日食見物による交通渋滞への注意を呼びかける電光掲示板が道路沿いに散見された。

アメリカ北東部にあるバーモント州は全米で2番目に人口の少ない州で、湖や山など大自然が広がっている。翌日の日食を前にのどかな町は静かな盛り上がりを見せていた。地元のワイナリーでは1年前から造り始めたという「日食ワイン」を販売。湖の麓で太陽にカメラを向けていた男性は、ホテル代金が「クレイジー」だから今夜は車で寝るつもりだと話す。翌日の中継場所の下見を終えた我々は、バーモント州から再びニューヨーク側へと引き返し、2時間半先にある常識的な価格のホテルへ向かった。

西の空を見ると快晴の中、真っ赤な太陽が山々の間に沈んでいく。「夕焼けは晴れ」と昔から言われるので期待して最新の天気予報をチェックすると、雲の進み具合が早くなってきているようで、午後の皆既日食の時間帯は、なんと曇り予想に変化している。

平井気象予報士から送られてきた赤外画像予想をみると、午後にかけて「上層雲」がかかる予報が出ている。低く垂れ込める雨雲とは違い、空気の薄い高いところでできる雲は、水蒸気の量が少なく氷のつぶのため“薄曇り”となる予報だ。あすは天気がどこまで持ってくれるか。

■【当日朝】田舎の町に高揚感…日食“中毒”で約80万円の巨大望遠鏡を手にした人も

皆既日食を見る人が殺到することを警戒して、早朝に宿を出て再びバーモント州を目指した。高速道路には北を目指す観光バスやアメリカらしい大型キャンピングカーが併走、ところどころ渋滞はしていたが、大きな混乱は起きていない。

到着したバーリントンの町は更なる高揚感に包まれていた。市内のサッカー場の横では数組が巨大望遠鏡をセットして機材チェックにいそしんでいる。値段を聞くと、この日のためにおよそ80万円で購入したという。別のアメリカ人男性はウワサに聞いていた“日食ハンター”で、皆既日食“中毒”になって世界をめぐっていると話す。

最終的に中継場所に選定したのは、バーモント州最大都市バーリントンから数分ほど南に下ったシェルバーンという小さな町にある、テディベア工場。「皆既日食イベント」が予定されていて、チケット400枚以上は完売したという。正午をすぎると車が続々と会場に押し寄せ、皆既日食をデザインしたTシャツショップの前には行列ができていた。天気はまだ快晴。寒いと思って厚着してきたが若干、汗ばむぐらいの陽気で、手元の温度計では25度の暖かさだ。

■【日食開始】予想通り西から薄曇りに…世界が一変した“180秒”

午後1時をすぎると、予想通り西側から、すじ雲(巻雲)がかかり始めてきた。

午後2時14分、太陽が欠け始めた。集まった人々は日食グラスを手に取り、空を見上げ始める。30分ほど経過すると、すでに40%以上が欠けているように見え、日食が進行するスピードはとても早く感じた。

皆既日食まで10分を切ると、太陽は三日月よりもさらに細い爪の形になった。光の強さもだいぶ落ち、周辺は木漏れ日がさすような雰囲気となる。気温もだいぶ下がって寒くなり、カメラの後ろにいた姉妹は思わず毛布を取り出して膝にかけていた。うす曇(巻層雲)のおかげで日食グラスをつけずとも太陽の様子がよく見えた。

そして午後3時26分。一気に暗くなり、太陽の左下から月の影が見えた。薄曇りのおかげか、日食グラスをつけずに肉眼ではっきりとダイヤモンドリングが見えた直後、周辺は闇に包まれ、集まった人たちから大きな歓声が上がった。

漆黒の太陽の周りには白く輝くコロナが異彩を放っている。周辺を見渡してみると、地平線あたりは夕焼けのような赤みがかっている。筆者がいる場所は月の影にすっぽり入っているが、影に入らない周辺が夕焼けのようになって見えるのだ。薄曇りのせいか、空に星は見えなかったが、辺りは今までに体験したことのない幻想的な雰囲気に包まれた。手元の温度計を取り出して確認すると14.6度。日食前の25度からおよそ10度近く気温が下がっていた。

神秘的な皆既日食が続いたのは、180秒。再びダイヤモンドリングが姿を現すと、周辺は一気に明るさを取り戻し、辺りは家族連れらの平和な笑い声に包まれた。

■【日食終了後】帰路につく車でニューヨークに向かう道は大渋滞に…

皆既日食が終了すると、ピザやタコスのフードトラックは次々と営業を終了。詰めかけていた人たちが一気に帰路についた。撤収作業を終えホッとして空を見上げると、上空は灰色っぽい高層雲に変わっていて太陽はほとんど見えなくなっていた。

ニューヨークに向かうため車を走らせると、日食見物帰りの人で道路は大渋滞。田舎のバーモント州では珍しいのか、わざわざ自宅の広い庭を横切って道路脇に出て、スマホで車の列を撮影する地元住民もいた。

ニューヨークに到着したのは、通常と比べて3時間遅れの翌日未明のことだった。

■筆者プロフィール

末岡寛雄
NNNニューヨーク支局長。「news every.」「news zero」のデスクやサイバー取材などを担当し、災害報道にも携わる。気象予報士。趣味は音楽鑑賞。

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