内密出産は違法なのか?国、見解示さず 母子の命を守るため…求められる国の対応とは
“誰にも知られず出産したい”。 去年12月、熊本市の慈恵病院で、10代の女性が匿名で出産した。当局に身元を明かさず出産をする「内密出産」。国内初のケースだ。しかし内密出産は、違法なのか・適法なのか。国の見解が示されないため、現場の病院・自治体は重大判断を迫られていた。現場の医師らは、一人でも多くの“命”を救う為、一刻も早い内密出産の法整備を訴える。今、求められる政府の対応とは。
■「一番の近道は、私が逮捕されること…」
「一番の近道は、私が逮捕されることかな、と思ったりするんです」。ことし1月、議員会館の一室で、溜め息交じりにこう話したのは、国内初の内密出産に立ち会った熊本市にある慈恵病院の蓮田病院長だ。
慈恵病院は、全国で唯一「こうのとりのゆりかご」、いわゆる「赤ちゃんポスト」を設置し、親が育てられない赤ちゃんを保護してきた。これまでに保護した159人の赤ちゃんのうち半数は、医師や助産師の立ち会い無く自宅などで出産する「孤立出産」で生まれていたという。
蓮田病院長は「孤立出産は、母子ともに命の危険がある。“匿名で”出産できれば、病院に来てもらうことができ、救える命が増える」。その思いから、「内密出産」のシステムを独自に取り入れたという。
■内密出産を必要としているのは?
予期しない妊娠をして、内密出産を必要とする状況に追い込まれる女性にはある共通点があった。
蓮田病院長は、「日本では85万人くらいの赤ちゃんが生まれるが、およそ15万人が中絶をする。ところが、中絶できない時期までも妊娠を続ける方がいる。そういった方の背景には、虐待を含めて家族関係が悪かったり、発達障害、知的障害、精神疾患などが色濃く関係している。相談者の、8割9割はどれかが当てはまる。頑張ろうと思っても、できない環境にあったりとか、能力自体がついていかない人たちが多い」と話す。
その上で、内密出産の必要性について、「赤ちゃんには罪も責任もない。周りの大人が助けなければ」と力を込める。
国内初の内密出産となった今回のケース。母親の女性は、慈恵病院の相談員のみに身元を明かし、赤ん坊を出産した。しかし問題となったのは、戸籍を作るために提出する出生届。母親の身元を知っている病院側が、母親の名前を空欄のまま代理で提出することが、刑法157条の公正証書原本不実記載罪に抵触する可能性が指摘されているのだ。
■現場が直面する重大な判断
こうした中、蓮田病院長は先月、自ら熊本地方法務局に「病院側が母親の欄を記載せずに出生届を提出した場合、罪に問われるのか」と見解を問う文書を提出した。これに対し今月10日、法務局は、刑法に抵触するかは「捜査機関が集めた証拠に基づき個別に判断されるべき」と回答。一方、出生届を出さなくても、市町村長の権限で戸籍が出来るとした。それを受け、熊本市長が、自らの職権により、出生届無しで戸籍を作ると発表した。
今回は、出生届を出さずに戸籍を作れる見通しが付いたが、これはあくまでも対処療法に過ぎない。国として、内密出産が違法なのか・違法ではないのか、見解が示されていないためだ。同様のケースが起きれば、全く同じ混乱が現場で起きるのだ。
蓮田病院長は、「お産で命を失う事もある。赤ちゃんが仮死状態の時もある。未成年の母親が親に知らせずにお産に入り、帝王切開になった時、医療スタッフは許されるのか等、様々な不安がつきまとう。戸籍事務にあたる行政の方も、違法な行為を手助けしているのではと不安になる。携わる人たちが安心できるように法整備をお願いしたい」と訴えた。
■国会での議論は?
内密出産ができるよう法整備が必要だと訴えている国民民主党。2020年1月、国民民主党の玉木代表と伊藤孝恵議員は、「内密出産の法整備を進めるべきだ」と国会で訴えた。当時の安倍総理は、「一般論として、子どもの出自を知る権利をどう考えるのか。出産後に実親が養育しない子どもが増えるのではないか」などの課題を指摘。その上で「総合的に検討をすすめる」と応じたが、それから2年。法整備は進まないままだ。
伊藤議員は、「0歳0ヶ月0日0時間児。つまり、生まれてまもなく口を塞がれてなくなる子どもが一番多い」として、児童虐待死を減らす観点から、内密出産の法整備が必要だと訴えている。厚生労働省によると、児童虐待の死亡事例は、調査開始の2003年から2019年度の総数が890人。そのうち、心中以外の虐待死は、調査開始以来、一貫して0歳児が最も多く、2019年度は半数を占めた。
■「先生にそう思わせている事が政治の不作為」
先月20日、玉木代表と伊藤議員の元を訪ねた蓮田病院長。2人を前に「一番近道は、親の名前を書かずに出生届を提出し、私が逮捕されることかなと思ったりするんです。日本は事件先行型。例えば、ひどい虐待が起きると総理が急遽指示を出して調査しましょうとなる。悲惨な事件がないと、なかなか法律には結びつかない」と苦しい胸の内を語った。玉木代表は「先生にそう思わせている事自体が政治の不作為だ」と頭を下げた。
玉木代表は先月20日、内密出産について再び「日本でも法整備を急ぐべきだ」と、岸田総理の見解を質した。岸田総理は、「刑法上の犯罪に当たるかどうかは、捜査機関により収集された証拠に基づき、個別に判断されるべき事がらである」と回答。内密出産は、適法なのか、違法なのか。政府の見解は示されなかった。
■政治の責任は?
岸田総理の答弁について、玉木代表は「母子の命を守るために、どうすれば違法にならないのか示すのが政治の責任」と語気を強めた。また、伊藤議員は、「ゼロ回答。国会はだれかが亡くなってから、誰かが逮捕されてから立法するところなのか」と憤った。
伊藤議員はその上で「厚労省は、出産後の戸籍事務を示すガイドラインや、“出生届は母親の欄を空欄で提出する”などの通達を出すべきだ」と指摘。さらに、「将来的には熊本の慈恵病院のように、内密出産を受け入れる拠点を各都道府県に作らなければ、児童虐待死の最大数である赤ちゃん虐待死はなくならない」と訴えている。
命を守る為に何が必要なのか。いつまでも現場任せにはできない。