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特集「天皇皇后両陛下イギリス訪問」を振り返って~英語“初”スピーチで“笑い”も 留学中の“3枚の写真”秘話 令和流の“未来志向”とは【皇室 a Moment】

2024年7月13日 11:04
特集「天皇皇后両陛下イギリス訪問」を振り返って~英語“初”スピーチで“笑い”も 留学中の“3枚の写真”秘話 令和流の“未来志向”とは【皇室 a Moment】

6月22日からイギリスを訪問された天皇皇后両陛下。国賓訪問で初となった“英語スピーチ”には笑いも起き、両陛下は友好親善を深められました。今回の訪問からのぞく両陛下の“未来志向”の思いを、"秘蔵写真"も交え、日本テレビ・井上茂男客員解説員と振り返ります。

■天皇陛下 “思い出のネクタイ”で皇后さまと一緒にオックスフォードへ

――こちらは、天皇皇后両陛下がオックスフォード大学を訪問された時ですね。

滞在最終日の6月28日、天皇皇后両陛下がオックスフォード大学を訪ね、皇后さまの「名誉法学博士号」の授与式に、おそろいの黒い帽子、赤いガウンで向かわれるシーンです。

陛下はオックスフォード大学のマートン・コレッジ、皇后さまは外務省時代にベイリオル・コレッジで学ばれました。名誉学位は、研究やイギリスとの友好に尽くした王族や元首らに贈られてきました。

――皇后さまの授与式ですが、陛下も同じガウンをまとって参列されていますね。

おそろいでステキなシーンです。注目は、天皇陛下の「紺色のネクタイ」です。

よく見ると、オックスフォード大学の紋章がちりばめられています。宮内庁によれば、陛下が40年前、留学中に求められたネクタイだそうです。ずっと大事にされてきたことにまず驚きますが、その思い出のネクタイを結んで母校を訪ねられたところに、青春の2年間を過ごした感謝、特別な思いを感じます。

こちらはご結婚2年前の1991年、陛下がオックスフォード大学を再び訪れ、「名誉法学博士号」の授与式に臨まれた時の様子です。私もこの場で取材していましたが、陛下が実にうれしそうで、私たちの取材に「非常に大きな励み」と話されていたことを覚えています。

そして、こちらが今回の皇后さまの授与式会場の写真です。同じ帽子に同じガウンをまとって授与式に参列されている陛下の姿も見えます。ご結婚から31年、皇后さまに対する同じ博士号の授与を見守って、その後、留学中に暮らしたマートン・コレッジの寮の部屋を二人で訪ねられました。喜びはいかばかりだったか、と思います。今回の訪問を象徴するシーンだと思います。

――この写真からも喜びが伝わってきますね。陛下は40年前に留学されていた時も、同じように部屋の窓から顔を出されていましたね。

2年間を過ごした部屋、勉強した部屋に皇后さまを案内して、2人で窓から顔を出されて、本当にうれしかっただろうと思います。

■“アドリブ”を交え…スピーチにのぞく天皇陛下とチャールズ国王の40年来の親交

今回は、6月22日から29日にかけて行われた、天皇皇后両陛下のイギリス公式訪問を振り返ります。

24日は、テムズ川にある世界最大級の防潮施設「テムズバリア」を見学し、日英友好団体のレセプションに臨まれました。翌25日は歓迎式典、馬車パレードに臨み、無名戦士の墓に花を供え、夜はチャールズ国王とカミラ王妃主催の晩さん会に出席されました。26日は、バイオメディカルの研究所や、王立音楽大学を訪ね、金融街「シティ」で行われた晩さん会へ。27日は国王・王妃にお別れを告げた後、子どものための博物館を訪問。さらに陛下ひとりでエリザベス女王とフィリップ殿下が眠るウィンザー城の墓に花を供え、最終日はオックスフォードを訪ねられました。

――連日、さまざまな行事に参加されたんですね。

そうですね。ハイライトは、やはりこちらの場面だと思います。

25日は歓迎式典、馬車パレード、そして晩さん会が行われました。騎馬隊に守られた華やかなパレードのなか、同じ馬車に乗って国王と陛下が話をされる表情から、40年来の交友が感じられました。

――会話が弾んでいる様子が分かりますし、和やかな雰囲気ですね。

夜の晩さん会のスピーチに、国王と陛下の関係の深さが特に表れていたと思います。

(チャールズ国王のスピーチより)
「日英両国のパートナーシップの核心にあるのは、緊密な友情です。これは、国際ルールとグローバルな制度の重要性に対する相互理解に基づくもので、最も暗い年月をも含んだ歴史の教訓の上に築かれてきました」

(天皇陛下の答辞より)
「日英両国には、友好関係が損なわれた悲しむべき時期がありましたが、苦難のときを経た後に、私の祖父や父が女王陛下にお招きいただき天皇としてこの地を訪れた際の想いがいかばかりであったかと感慨深く思います」

スピーチでは、共に先の大戦について、国王は「最も暗い年月」、陛下は「悲しむべき時期」と振り返り、互いの文化へのリスペクトと、友好親善への思いが強くにじんでいました。

このスピーチの交換を聞いていて、日本語の「オカエリナサイ」に始まった国王のスピーチと、陛下がお言葉に加えられたアドリブの部分は、1986年、皇太子時代の国王が日本の国会で行ったスピーチを強く意識していたように思いました。

チャールズ皇太子・当時)「総理大臣、議場の皆さま、コンニチハ!」

「コンニチハ!」で始まったスピーチは、陛下がオックスフォード大学で学ばれたことについて「英国人にとって大変な名誉」と喜びつつ、「留学先選定にあたって私の意見が求められていたら、たぶんケンブリッジをお薦めしていたと思います」と、母校のケンブリッジ大学でなかった残念さを語って議場を笑わせました。

それから38年…。今回の晩さん会のスピーチで、陛下は皇后さまとお二人でオックスフォード大学を訪ねる喜びを語るに当たって、「オックスフォード」という言葉の後に、「国王陛下の母校のケンブリッジ大学ではありませんが」と付け加えられましたが、これがアドリブでした。

――38年前のスピーチの“返し”が今回アドリブで。ステキですね。

そこに40年来の友情と、国王の国会演説に対する“返歌”をみる思いでした。国王の笑いは、きっと、当時を思い出してのことではなかったかと思いました。

■“大きな変化” 天皇陛下のスピーチは英語で

伝統の手拍子で天皇陛下が迎えられたのは、金融街「シティ」で行われた晩さん会です。こちらでのスピーチも話題になりましたが、実は、今回の訪問中に4回あった陛下のスピーチは、すべて英語で行われました。これが大きな変化なんです。

――これまでは違ったんですか?

はい。昭和、平成の天皇訪問の際の、同じ「シティ」の晩さん会は日本語でした。

(昭和天皇のスピーチ・日本語)
「私はロンドン市とその市民が将来長年にわたり一層の繁栄に恵まれますよう希望いたします」

(上皇さまのスピーチ・日本語)
「日英両国民の間の友好親善関係が、今後とも、確固たる基礎の上に一層発展していくことを切に望みます」

昭和天皇の訪問も、平成の天皇だった上皇さまの訪問も、スピーチは日本語で行われ、出席者はテーブルに置かれた“英語訳”が頼りでしたし、私たちもそれが“当たり前”と受け止めていました。しかし、今回は英語で通されました。

(天皇陛下のスピーチ・英語)
「At the beginning of my stay in Oxford, I was not used to handling British currency and found myself using too many notes and collecting too many heavy coins. (留学当初はどうしても英国のお金の扱いに慣れず、ついついコインより紙幣を多く使ってしまい、結果として手元には重いコインをためることとなり)」

(一同笑い)

「On one occasion they all fell out of my purse.(ある時、それらが財布からいっぺんにこぼれ落ちてしまったことがありました)」

――英語のスピーチだと、皆さん同じタイミングで笑うこともできますし、陛下もリアクションを感じながら話すことができて、より気持ちが通じ合っているような感覚がありますね。

陛下はこれまで、国内でも英語でお言葉を述べ、水問題の会議では英語で長い講演もされてきました。今回は、イギリスで学んだ感謝の気持ちや、イギリスで学んだ英語で語りかけたいという思いがあったのではないでしょうか。ボーダーレスの時代にあって当然の流れですが、“時代を画す大きな変化”として注目していいと思いました。

■間近で見た元特派員が明かす留学時代の“素顔”

――井上さんは今回、陛下の原点と言うべき留学中の様子を間近に見た方を取材されたそうですね。

ちょうど両陛下の訪問中、北海度・札幌市に住む83歳の長南敏雄(ちょうなん・としお)さんを訪ねました。NNNロンドン特派員として、1983年からの陛下の留学を近くで取材し、貴重な写真もたくさんお持ちでした。

長南さん)「実はこれが、私がいろいろと取材した陛下の留学時代の写真とネガなんですよ。これは6月21日だったと思うんですけれども、朝午前5時ですよ」

井上さん)「まさに陛下の第一歩」

長南さん)「お疲れの様子も見せず、ニコニコしながら陛下がタラップを下りられまして。やっぱりお若いなっていう気がいたしましたけれども」

長南さんによると、陛下はオックスフォードで「学友をたくさん作りたい」という思いを持ち、その願い通りにたくさんの友人を作られました。寮ではコーヒーメーカーに日本酒を入れて熱かんにし、「ライスワイン」と言って仲間たちに振る舞われていたそうです。

――陛下の留学中の日常生活が伝わってくる写真ですね。

■秘話 祖父の昭和天皇へ送られた“3枚の写真”

こちらは初めての冬休み、指導教授のピーター・マサイアス教授と世界初の鉄橋を訪ねた時の様子です。教授から産業革命の時に建設された鉄橋について説明を受けられています。

この後、ロンドンの日本大使館から長南さんに写真を提供してほしい、という頼みがあったそうです。

長南さん)「陛下はご自分で写真を撮られるんですけども、自分が写り込んだ写真はなかなかないですね。そういうことで、ぜひ昭和天皇にお送りしたいということだったようです」

――長南さんの撮ったこちらの3枚の写真が、昭和天皇に送られたんですね。

そのようです。側近の日記や当時の駐英大使の著書などによると、昭和天皇は孫の陛下の留学をすいぶんと気にかけ、当時の大使からの月に一度の報告電報も楽しみに読んでいたそうですから、“元気にやっています”というメッセージだったのではないでしょうか。

さらに帰国の翌年の1986年、陛下が北海道の利尻山を登山された時に、麓で取材していた長南さんに思わぬ出来事がありました。

陛下と長南さんの会話)
「イギリスで大変お世話になりました。去年7月に(日本に)帰って参りまして」

長南さん)「陛下がつかつかと私の所へ寄ってきて、『長南さんですか?』と言うわけですよね。私はびっくりしました」

――陛下は長南さんの名前をしっかり覚えられていたんですね。これは、うれしいですね。

長南さんは陛下の留学が終わる前に帰国していたので、陛下に「いつ帰国されたんですか」と尋ねられたそうです。

このほかにも、長南さんの写真は陛下の貴重な表情を“活写”していました。

こちらは、アフリカ訪問の帰りにイギリスに立ち寄ったご両親・上皇ご夫妻をオックスフォードに迎えて案内されているところです。

こちらは初めての海外旅行で訪れた妹の紀宮さま(黒田清子さん)を案内されている場面です。きょうだいの仲の良さがうかがえます。

――ご家族を迎えてほっとされた表情も見えますし、自分が生活している街を紹介する様子、生き生きとしているように見えますね。

■“思い出の地”を歩いた両陛下…「お帰りなさい」に幸せかみしめ

今回の訪問では、オックスフォード大学での名誉学位授与式のあと、両陛下はオックスフォード市内をしばし散策してから、天皇陛下が学んだマートン・コレッジを訪問されました。

――懐かしい街を初めてお二人で歩かれたんですね!

陛下は、去年復刊された著書『テムズとともに』の最後に「雅子とともにイギリスの地を再び訪れることを願っている」と書かれていますが、それが実現した喜びが伝わってきます。

長南さんも今回のイギリス訪問の様子をテレビで見て、「陛下のご様子を拝見していると、留学時代に培ったご自分の感覚、勉学の一端が、今日に生かされているのではないか」と話していました。

――40年前に取材された方にとっても、今回の訪問は感慨深かったでしょうね。

陛下は、帰国前、去年のインドネシアに続き、カメラの前で同行記者たちの質問に応じられました。英語でのスピーチについても話されています。

天皇陛下)
「非常に温かい雰囲気の中でスピーチをすることができて、何か比較的リラックスしながらお話をすることができましたし、皆さんがこちらの方をよく聞いてくださっているということがわかって、これは大変話している私としてもうれしく思いました。『おかえりなさい』というふうに言っていただいた、『Welcome back』ということを多くの方から言っていただいたこと、本当にこれは私はうれしかったですし、その思い出の地に今回、雅子にとってもこのイギリスは思い出の地ですので、2人で立つことができた。これは本当に大変幸せなことだというふうに思っております」

陛下の構えない生の言葉から、喜びの大きさが伝わってきます。

――見ているだけで、私たちまで幸せな気持ちが広がりますね。

陛下の友好親善に対する思いは、国王・王妃主催の晩さん会のスピーチの、次の言葉に“凝縮”されていると思います。

(国王王妃主催晩さん会の答辞より)
「裾野が広がる雄大な山を、先人が踏み固めた道を頼りに、感謝と尊敬の念と誇りを胸に、更に高みに登る機会を得ている我々は幸運と言えるでしょう」

陛下は留学中、イギリス各地の名峰にも登られています。昭和天皇や上皇さま、そして多くの人たちが築いてきた両国の友好への感謝を、お好きな登山に例えられた、陛下らしさを感じる言葉だと思います。

■「未来志向」――若い世代の交流の背中を押す“令和流”

今回のご訪問に同行したイギリスのロングボトム駐日大使は、NNNの単独インタビューで晩さん会の陛下の2つの言葉に感激したと話しています。

英・ロングボトム駐日大使)
「“未来志向”、未来志向のパートナーシップです。陛下はまた、“かけがえのない友人”、かけがえのないパートナー、とも述べられました。その言葉を聞いて、とても感動しました。この言葉が、今後さらに強い日英関係を築くために私たち全員が行っている活動の大きな支えになることを願っています」

“未来志向”という指摘は確かに重要なキーワードだと思いました。そして、両陛下が大事にされるもう一つの“視点”が、旅を終えた「ご感想」からうかがえます。

(天皇皇后両陛下の感想 英国ご訪問を終えて)
「若い世代の人々が、今後もお互いの国に対する関心を深め、両国の相互理解と友好親善に大きな役割を果たしていくことを期待しています」

去年のインドネシア訪問もそうでしたが、今回のイギリス訪問でも、両陛下は行く先々で意識して若い人たちと触れ合われました。

今回のイギリス訪問を通して、友好の担い手となる若い世代の背中をそっと押される“令和のやり方”がはっきり見えてきたように思います。

皇后さまには体調を整えながらの旅でしたが、新しいページを開き、長く記憶される訪問だったと思います。

――今回の訪問、陛下もチャールズ国王もお互いのスピーチや行動の一つひとつから、リスペクトしているというのが伝わってきましたし、長い年月を経ているからこその“絆”というのも感じられました。

友好親善というのは、一回一回の訪問の積み重ねがあって熟していくものだなと実感したご訪問でした。

【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。