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22年越しの提出「特定生殖補助医療法案」精子・卵子提供で生まれた子どもの権利とその家族のあり方は?

2025年3月15日 14:02
22年越しの提出「特定生殖補助医療法案」精子・卵子提供で生まれた子どもの権利とその家族のあり方は?

家族のカタチが多様化する中、第三者の精子・卵子提供による不妊治療に関する初めての法案が国会に提出されました。20年以上待ち望まれてきた法整備の動きにも関わらず、多くの当事者たちから、待ったの声がかかっています。なぜなのでしょうか?

■多く存在する法案の“当事者”

これまで日本には、第三者から提供された精子や卵子を使って子どもを授かる際の治療に関する法的なルールは定められておらず、2月5日、超党派の議員連盟が初めて「特定生殖補助医療法案」を参議院に提出しました。

この法案の中には、国の許可を受けたあっせん機関が精子や卵子の提供を行うことや、認定医療機関のみが人工授精や体外受精を行うなどのルールのほか、生まれた子供が自分の遺伝的ルーツを知る=「出自を知る権利」に“資する”とされる条文も盛り込まれています。

この法案は、実は、様々な立場の人が”当事者”となり得る可能性があるのです。まず、日本には約100人に1人の割合で無精子症の男性がいると言われています。卵巣の病気などが原因で子どもを授かれない女性もいる中、そうした相手と子どもがいる家族の形を望む場合、頼る先のひとつに第三者から精子や卵子を提供してもらう不妊治療があります。

さらに、日本では、第三者の精子提供による不妊治療は1948年に慶應義塾大学病院で初めて実施され、これまでに1万人以上の子どもが生まれているとされています。(現在は提供者の減少を理由に新規の受け付けは停止)ところが、研究者による当事者へのヒアリングなどでは、他にも全国の複数の大学で行われていた可能性があり、実際に生まれた“当事者”となる子どもの数はさらに多いと考えられています。

ただ、こうして行われてきた治療の提供者は匿名で、親も、生まれた子どもたちも、遺伝的なつながりを持つ提供者について、知ることはできませんでした。そのため、特に子どもたちは、自分が生まれてきた経緯を親からの告知などで知ったあと、アイデンティティの崩壊とも言える感情に苛まれ、自らの遺伝的ルーツを知ることさえできない状況などに苦しむケースがあることが、精子提供で生まれた当事者たちの発信により明らかになってきているのです。

生まれた子どもの「出自を知る権利」の保障については、2003年に厚生労働省の専門家による部会が生殖補助医療の進歩に伴い法整備が必要だと結論づけた報告書の中に記されたものの、法制化は実現していません。そして20年以上たったいま、ようやく提出された法案においても、精子や卵子の提供者の情報を開示できるのは、その生まれた子どもが18歳になってからと制限され、開示できる情報も身長・血液型・年齢などの、個人を特定しない範囲に限定されるなど、当事者からは「出自を知る権利を正当に行使できる法律になっていない」として見直しを求める反対の声が上がっています。

長年に渡り、精子や卵子提供で生まれた人の声を聞いてきた生殖医療の倫理問題に詳しい明治学院大学の柘植あづみ教授は、この法案について「もう少し当事者たちの気持ちを反映する内容にできたのでは」と話します。

提供者の情報をいつ、どこまで、どんな形で知らせるべきかは、当然生まれた子どもと育ての親との関係によっても違い、中には、提供者が“誰”かという単なる氏名や遺伝情報よりも“どんな人”かということを知りたいと望む子どもたちもいるといいます。

そうした“知りたい”といった素朴な欲求を無視されてきた怒りの感情のようなものが現場にはあるとした上で、「大事なのは、生まれた人たちが悩んでいる現実があることを解決すること」であり、「もし施行されることとなっても、公布後5年を目途とされている改善の検討は、すぐにでも行われるべきだ」としています。

■法律婚のみ対象の法案と厳しい罰則

この法案では、治療を受けられるのは法律婚の夫婦のみで、事実婚の男女や選択的シングル、同性カップルは対象外となっています。これは、2020年に成立した生殖補助医療に関する民法特例法が関係するもので、法律婚以外の場合、精子や卵子の提供者を「親」とすることが可能になってしまうため、子どもの法的な地位が不安定になることから、これらを避けたとしています。さらには精子や卵子の提供やあっせんによる利益の授受も禁止され、違反した場合の罰則も明記されています。

当事者らの団体「ふぁみいろネットワーク」は2月、法案が提出されたのを受けて会見を開き、「同性婚訴訟では、既に高裁で違憲という判断が複数出ている状況の中、なぜ、最高裁の判断が示される前の、いま、法律婚に限った法案を通す必要があるのか」「法律婚の夫婦以外、実質、国内外での医療を介した家族形成の道が閉ざされてしまう。同性カップルによる、すでに幸せな家族が存在する中で、合法な家族と違法な家族と国が線引きすることは人権侵害にあたるのではないか」などと、強く反対の意見を示しました。

法整備の必要性が求められた20年以上前に比べ、いまや民間では子どもが望めば面会できるとした“非匿名”の提供者からの精子提供による不妊治療も存在しています。その一方で、医療機関にかからず、少しでも早く子どもを授かりたいと願う人々が路上やネットカフェで精子の取引を行う実態もあるのです。家族のカタチのあり方が多様化する中、多くの"当事者"の声が反映された形となることが、この法案に求められています。

最終更新日:2025年3月15日 14:02