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“職業選択の自由を制限”指摘も…再犯リスクに近づかないことは「当たり前」 性加害・小児性愛の治療専門家【日本版DBS】

2024年5月12日 8:45
“職業選択の自由を制限”指摘も…再犯リスクに近づかないことは「当たり前」 性加害・小児性愛の治療専門家【日本版DBS】
国会で、日本版DBS(性犯罪歴のある人は子どもと接する業務に最長20年就けないとする仕組み)を含む、こども性暴力防止法案の審議が始まった。これまで3000人以上の性加害者の治療に関わり、「子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か」(幻冬舎新書)などの著書がある、精神保健福祉士・社会福祉士で大船榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳さん(44)は、「性加害者の再犯防止は可能だ」と話す。

しかし、そのためには、性加害のリスクが高まった時にとるべき行動などを身につける再犯防止プログラムを受け続けることが重要だという。

■子どもに関わる仕事を制限しても、他に仕事はたくさんある

──子どもにかかわる業務に就けない期間を、10年または20年とすることについて

期間の設定は非常に難しいと思いますが、10年以上再犯防止プログラムを受けても再犯する人がいます。私の臨床経験から言うと、その人自身が稼働年齢である以上、ずっと子どもに近づけないようにする制度が望ましいのではないかと思います。

──職業選択の自由を制限するという意見もある

子どもに関わる仕事を制限しても、他に就く仕事はたくさんあります。クリニックのプログラムでは社会復帰の支援もしますが、子ども性加害の経験者、もしくは小児性愛障害の診断がつく方は、子どもの仕事に就かない、自分の引き金になるものやリスクに近づかないのは当たり前のことです。クリニックでは、就労指導の中で、子どもに関わる仕事を直接的・間接的に避けるのを原則としてアドバイスしています。

──今回の法案には、加害者治療についての内容は盛り込まれていない。刑務所から出た後など、再犯防止の治療や自助グループに繋がる必要性をどのように考えるか

一番再犯リスクが上がるタイミングは出所後すぐです。刑務所で性犯罪再犯防止指導(通称R3)を受けている人も、今まで全く引き金のない環境から急に社会に出るので一気にハイリスク状況に陥ります。だからこそ、出所後に連続性のある処遇に繋げていくことが重要です。相談する機関があり、そこで担当する臨床の専門家が粘り強く伴走し、その後しっかり仕事に就けて、よりよく生きるためのルートに乗れる機会に繋がることがより実効性のある再犯防止になると考えます。

■再犯は防げても、初犯を防げないことが課題

──今回の法案には、初犯を防ぐために研修実施が盛り込まれたが、どのような研修が必要か

現実的には初犯を防ぐのは非常に難しいです。性犯罪は、再犯は防げても初犯を防げないことが大きな課題です。逮捕される前に、かなりの数の加害行動を繰り返しているケースも多いです。1回目の加害行動をどう防ぐかは、非常に重要なテーマです。包括的な性教育を幼少期からしっかり行えば、加害者になる可能性がある人が、自分の行動を制御するための知識を身につける機会になります。

一方で、研修等の実施は、最初の段階でフィルターをかける意味では重要かもしれませんが、子どもへの性加害をするリスクのある人を発見するのはかなり至難の業だと思います。

──性犯罪歴照会のあり方は

法案では、犯罪歴のある人を登録するシステムがとられました。私は、犯罪歴のない人だけが登録できるシステム(イギリスの登録制度Ofstedのようなもの)にして、加害者側のプライバシーを脅かさず、犯罪歴のない人が子どもに関わる分野で働ける、こちらの方がシンプルでいいと思います。

■性加害の実行リスクを「どう回避するか、身につける」

性加害を繰り返している人たちの再犯防止は可能です。世界共通の科学的エビデンスに基づいた治療教育のプログラムが存在します。性加害を実行しそうになるリスクがある場合に、それをどう回避するか、具体的な対処行動(コーピング・スキル)を学び、身につけていくもので、受講する人の再犯リスクの高さに応じた内容となっています。

指定の刑務所で2006年から行われていますが、クリニックの場合は期間が決まっていないことが刑務所との大きな違いです。理想は、刑務所でも受ける、出た後も引き続き受けることです。

──治療に繋がるまでどのくらいかかりますか?

クリニックでの患者調査によると、痴漢の場合は、初めての加害行為からクリニックに繋がるまで平均8年がかかります。盗撮の場合は、平均7.2年。子ども性加害者の場合は、14年です。常習化するほど介入が難しく、この期間をいかに短くするかが重要なので、治療的保護観察制度や、執行猶予判決とセットで治療命令を出せる制度の創設などにも取り組まないといけないと思います。

──海外では、性犯罪防止のために加害者の情報を公開するなどしていますが。

現在、日本にはそのような二重罰の制度はありません。私は、例えば保護観察付きの執行猶予判決の場合や、仮釈放で出所した場合は、治療的な保護観察という制度という制度のもと、プログラムに強制的につなげる、そしてそれを拒否すれば再収監されるイギリスなどをモデルにした治療的保護観察制度が有効だと考えています。

ただこの場合、満期出所者をどうするかという問題があります。出所後は自分で何とかしなさいというのが今の日本の司法制度です。DBS制度の次の見直しでは、専門治療と社会復帰をどうするかを考えてほしいです。

仮釈放で保護観察がつくということは、犯罪傾向が進んでいなくて、刑務所内でも真面目に取り組み、社会復帰の見込みが高い、住む予定地があり、身元引受人などもいる場合です。一方、満期出所ということは、何回も犯罪を繰り返していて、身元引受人も住む予定地もないということです。このいわばハイリスクともいえる満期出所の性犯罪加害者への対応が、国として全く手つかずなので、何とかしないといけないなと思います。

■性犯罪 刑務所に閉じ込めるだけでは問題解決しない

──斉藤さんは子どもへの性加害者に特化した治療グループを作られた。その背景は

性犯罪のプログラムで重要なのは、適切なリスクアセスメントと治療継続率です。性犯罪の加害者の中で最も治療の定着率が低いのが、子どもへの性加害を繰り返してきた、いわゆる小児性愛障害の人たちです。

性犯罪者内にもヒエラルキーがあり、私は最底辺が子どもに性加害を繰り返す人たちではないかと思っています。排除されることで社会に居場所がなく、彼らの再犯リスクは上がっていきます。社会の中に治療の場という受け皿を作り、自分がやったことを正直に話せる安全な場を用意し、そして同じ加害の問題を持った人たちと繋がり、やめ続けるための土壌を作る必要があります。

──性加害者臨床にあたる難しさは何ですか

性加害者は非常に習癖性(くせになり、繰り返す)が高く、再犯防止の治療が難しいと言われています。性加害は、性欲や性衝動だけではなく、弱い者を支配したい、達成感を感じたい、男性としての力を確認したいなど複合的な快楽が凝縮した行為なのです。だからこそ、反復性や衝動性が高く、その行為自体がエスカレートしやすく、なかなか手放せないうえに、捕まらないよう計画的に加害を行います。

それゆえに、捕まったときは行動変容するチャンスです。認知行動療法や薬物療法だけではなく、彼らの生活そのものに伴走するサポートがないと、特にハイリスクの対象者が加害行為をやめ続けながら、社会復帰していくのは至難の業です。刑務所に閉じ込めておくだけでは、この問題は解決に向かいません。

刑罰とエビデンスに基づいた治療をセットにするという考え方が少しずつ広がってきていますが、長期間、関わり続けないと再犯防止ができないのは、非常に難しいところだと思います。

■受容と共感と傾聴 巧みに使う加害者

今まで3000人を超える様々なタイプの加害者と関わってきましたが、彼らは見た目では全くわかりません。スーツにネクタイ、家族がいて、4年制大学卒も結構います。つまり身近な人が性加害している可能性があるんですよね。「自分は被害者にも加害者にもならないし、関係ない」ではなくて、実は身近なところにこういう問題があると考えていただきたいんです。

子どもに性加害をする人は見た目は柔和な方もいて、比較的優しいです。彼らは受容と共感と傾聴を巧みに使いながら、まず子どもにとって安心できる大人になっていきます。そこから徐々に性的意図を隠しながら接近し、境界線を侵害していきます。そして、加害行為に及んだら口止めをし、いずれこれは経験することだと言って次の加害ができる維持行動をとります。非常に戦略的に加害行動を実行に移します。

同時に親、同僚など、被害者側の声を封殺するために、周囲の環境もグルーミング(手なづける)します。加害者によっては、事前に母子家庭や貧困家庭で育っているなどを把握し、グルーミングを始める場合もあり、計画的で巧妙だなと思います。

■人に言えない性被害 必要なのは…

子どもが性被害を受けている場合、性暴力だと認識できないこともあるし、「これは言っていいことなのか」「これを言ってしまうと今住んでいる世界が壊れるかも」と恐怖を抱き、なかなか人には言えない。

だからこそ、幼少期からの包括的な性教育が重要です。プライベートゾーンや性的同意、性的自己決定権、性交同意年齢を親子で共有するなど、カミングアウトできる関係性が必要です。加害をする人は気づかれたくないので、サインを見つけるのは難しいです。ですが、被害者同様に性的同意の話など基本的なすり合わせを子どもとしておくことで、より早い段階で何かしらの介入はできるのではないでしょうか。

加害当事者から「私たちも正しい性教育を受けたい」との声があり、クリニックでは、2022年から助産師の櫻井裕子さんを招いて、包括的性教育も導入していますが、これをもっと早く学びたかったと全員から言われます。

──創作物で小児性加害に興味を持つ人もいると思いますが、依存との関連性はどう考えますか。

児童ポルノを愛好し、それを見ながら自慰行為を繰り返すことは、小児性愛障害の直接的な原因にはなりません。一方、クリニックで治療を受けている子ども性加害経験者でかつ小児性愛障害の診断を受けている人の初診時での児童ポルノ所持率は90%以上です。

過去に子どもへの性加害歴があり、小児性愛障害の診断がついた人に関しては、児童ポルノを使った自慰行為が次の性加害の大きな引き金になるというのは、まぎれもない事実であり、とても大きな課題です。児童ポルノをずっと見ているから小児性愛障害になり、子どもに性加害をする、というのは否定されるべきだと思いますが、次の性加害の大きなトリガーになる、これは間違いなく言えると思います。