【中継】全壊した珠洲温泉の銭湯で“源泉”見つかる 壊滅状態の町で復興の兆しに
震度6強の激しい揺れと津波により、甚大な被害を受けた石川県珠洲市。地元の人に愛されてきた珠洲温泉の銭湯も全壊しましたが、発災から2週間後、奇跡的に源泉が見つかりました。壊滅状態の町でいま、温泉が復興の兆しとなっています。NNN取材団の越崎成人が中継します。
NNN取材団 越崎成人
「奥能登を代表する観光地の1つ、見附島は、もともとはきれいなひし形をしていましたが、今回の地震で大きく崩れてしまいました。その近くにある漁港も、津波によって大きな被害を受けました。船は転覆、陸に乗り上げたものもあります」
NNN取材団 越崎成人
「珠洲市宝立町のエリアは、海の近くに数多くの住宅が立ち並んでいる地域になります。景色は一変しました。1か月たっても、ほとんど手がつけられず、そのままの状態となっています。津波で押し流された車が4台、折り重なるようになっています」
「ここは本来、見附島に向かう道路で、海水浴シーズンなどには多くの車が行き交う、賑わっていた道路なのですが、被災した状態のままとなっています」
NNN取材団 越崎成人
「そして、この足元ですが、私たちが立っている橋の位置に道路の高さがあったのですが、大きく沈み込んでしまっています。道路はガタガタの状態です」
NNN取材団 越崎成人
「去年の7月に中継でお邪魔をした古民家は、1階部分に車が突っ込んでしまっています」
「去年7月に取材したときは、古民家を改装して若者が集う場所をつくりたいと東京の方がレストラン兼カフェをオープンして、まだ半年というような状況でした。お店のオーナーの方は避難して無事だったということですが、もう再開のめどは立たないということです」
「そして、このあたりの地区は高齢の方が非常に多い地区になるのですが、そこに、地元で100年以上愛され続けた銭湯、温泉があり、その温泉も今回の地震・津波によって壊滅的な被害を受けました。その銭湯の方に、お話をうかがいました」
珠洲市宝立町で銭湯を営む橋元宗太郎さん。珠洲温泉宝湯の6代目です。地震の直後、津波からの避難を叫びながら、妻の実家に向けて自転車で走りました。
1月31日、この惨状をあらためて目の当たりにしました。
珠洲温泉・宝湯 6代目・橋元宗太郎さん
「あーひどいな。雪解けてから初めてきたんかな、びっくりですね」
家族は無事でした。しかし、生活していた家は全壊。
橋元宗太郎さん
「この平屋で家族で一生懸命、頑張ってきたので。子どもたちの思い出のなんか、パパの絵、描くじゃないですか、保育所で。ああいうのとかも全部ぐちゃぐちゃになって。それが1番最初に悲しかったですね」
創業以来100年以上、地元の人たちに愛されてきた宝湯。しかし、地震と津波で本館が倒壊し、入浴中だった常連客の1人が犠牲となりました。
橋元宗太郎さん
「こういうふうに建っていました。それが全部こっちにズドーンと来ましたね」
■がれきの下から音… 心身ともに癒やされる湯が復活
発災から2週間後、家族との思い出を捜しにこの場所に戻って来た橋元さん。がれきの下から「ある音」が聞こえてきました。
――見つけた時は何を感じましたか?
橋元宗太郎さん
「正直ちょっとうれしかったですね。自然と気持ちが高ぶるというか。ずーと沈んでたんで、自然とちょっと元気になる」
この源泉を、倒壊を免れた別館に送るため、ホースをつなげ、がれきの下を通しました。そして先週、宝湯の温泉が奇跡的に復活しました。
橋元宗太郎さん
「すごく無理が、知らず知らずのうちにかかっていますので、気持ちがいっぱいいっぱいだと思うんですけど、そういう中で温泉に入ると、心身ともに癒やされるお風呂なので、ぜひ入ってほしいですね」
さらにこのお湯は、断水状態の町で、近所の美容室による散髪サービスに使われ始めました。
壊滅状態の町で、温泉が復興の兆しとなっています。
橋元宗太郎さん
「最初に宝湯の銭湯でなくなった常連のおじいちゃんのご家族、お孫さんとひ孫さんに(再開したら)最初に入ってもらいたい」
NNN取材団 越崎成人
「その倒壊した宝湯です。足もとにホースをつないで、奇跡的に見つかり復活した温泉、いまもわき出ています。橋元さんに許可をいただいて触ります。本当にいま寒いので、温かいなあということを感じます。33℃だということです。」
「ここからホースを通して、向かい側にある別館に、いまはお湯をためているということです。そしてこの先に空いているスペースがあり、きょう午前中に髪を切っていたのですが、近くで倒壊した美容室の美容師の方が2日前から髪を切っているということです」
藤井貴彦キャスター
「地震からきょうで1か月となりますが、避難されている皆さんはこの1か月という時間を、どのように感じていらっしゃるのでしょうか」
NNN取材団 越崎成人
「避難所で取材をしたのですが、『長かったな』と言う方もいらっしゃいますし、『あっと言う間だった』と言う方もいらっしゃいます。そして1か月という期間で、とにかく歩み続けてきた、そういった方で『自分が疲れているかどうかもわからない』と言う方も、中にはいらっしゃいました。」
「宝湯の橋元さん自身も、たくさんのものを失ったんですが、そういった方をなんとかこの温泉で癒やせるようにしたい、ということを話していました。このあとは、このスペースに簡易の湯船を作って、そこで地元の方そしてボランティアの方を少しでも癒やしていきたいんだ、ということを話していました」