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横田めぐみさん拉致から44年 母の思いは

2021年11月12日 18:46
横田めぐみさん拉致から44年 母の思いは

横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて、まもなく44年です。母・早紀江さんが、孫・ウンギョンさんの名前に込めたであろう、めぐみさんの思いを初めて語りました。そこから伝わる母と娘の絆とは――。

めぐみさんの母・横田早紀江さん(85)
「(北朝鮮の)どこにいるのかまだわからない。想像がつかない。何をさせられているのか。どんな顔をして話をしているのか、どんな感じなんだろう」

最愛の娘と引き裂かれて、今年で44年。娘のめぐみさんは、1977年11月15日、13歳で北朝鮮に拉致され、57歳になった今も帰国できていません。我が子を取り戻すため、今も闘い続けている早紀江さん。

横田早紀江さん
「本当に踏ん張ってるんですよ。一生懸命、何とかならないかなと思って」

早紀江さんは、これまでにも数え切れないほどの苦しみを乗り越えてきました。

   ◇◇◇

めぐみさんが北朝鮮にいるかもしれないという情報がもたらされたのは、行方がわからなくなってから20年がたった1997年のことでした。

めぐみさんの父・横田滋さん(当時64)
「一日も早く帰ってきてほしいと思っています」

ようやく見えた光――

2002年の日朝首脳会談で、北朝鮮は日本人拉致を初めて認め、謝罪。しかし、両親のもとに伝えられたのは「めぐみさんが死亡した」という情報でした。

横田滋さん(当時69)
「いい結果が出るということを楽しみにしておりました。しかし結果は死亡という…」

のちに、北朝鮮からの情報はウソだったことが判明。横田夫妻はより一層、救出活動に力を注ぎ、全国各地で行った講演は1400回以上に上ります。

しかし、去年6月、娘との再会を果たせぬまま、夫・滋さんが他界しました。夫の無念も背負い、活動を続ける早紀江さんも、もう85歳です。

   ◇◇◇

この長い年月の中で、唯一、早紀江さんが娘の存在を身近に感じることができた瞬間があります。

横田早紀江さん
「ピチピチしてて、シャキっとして元気なね。丸いお顔してて(めぐみさんに)よく似ててね」

2014年、横田夫妻は、めぐみさんの娘で2人にとっては孫にあたるキム・ウンギョンさんと面会。実はこの面会を機に、早紀江さんのもとに新たな情報がもたらされていました。北朝鮮側から日本側にウンギョンさんの名前の漢字が伝えられていたのです。

「『恩』って書いて」「京都の『京』って書いて」
早紀江さんは、この文字に驚いたといいます。

横田早紀江さん
「あっ『京』っていう字があるな、京都の『京』なんて何か思ったんだろうかって思ってました」

気になったという「京」の文字。実は…。

横田早紀江さん
「私が京都生まれなんで『京』っていうのが入って、(自分のことを)思い出してつけたんじゃないか。『恩』っていう親への思いとか色々なことを思って、こういう名前にしたのかなって」

母になっためぐみさんが真っ先に思い浮かべたのは、早紀江さんの存在だったのでしょうか。感謝を表す「恩」と早紀江さんを思わせる「京」。

横田早紀江さん
「『こんなことになってしまって、本当に心配かけてごめんなさい』っていう思いもあったのかもしれないしね」

それは早紀江さんにとって、引き離されてから初めて触れた、めぐみさんの“思い”でした。

横田早紀江さん
「思いがけないことだけど、まだ希望があったんだって」

母と娘の絆は、どんなに会えなくても消えることはありません。

早紀江さんは、「決意はもうずっと変わりません。とにかく元気で、一回でも日本の土を踏ませてあげたいっていうのが親の気持ちなんで。それしかないんです。何もないんです、あとは助けてあげたいだけで」と話しました。