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池袋暴走事故 遺族の松永拓也さん加害者と面会へ「事故防ぐ未来に向けた話を一緒に」

2024年4月9日 19:35
池袋暴走事故 遺族の松永拓也さん加害者と面会へ「事故防ぐ未来に向けた話を一緒に」

池袋暴走事故の遺族、松永拓也さん(37)に届いた一通の書類。そこには事故を起こした元院長の謝罪の言葉があった。

近く面会を申し入れるという松永さんは「怒りや恨みをぶつけたいのではなく、一緒に未来に向けた話がしたい」と語る。事故から5年。松永さんの今の思いを聞いた。

「ぼくはいま、すごく嬉しいです」

2019年4月、東京・池袋で車が暴走した事故で妻の真菜さん(当時31)と娘の莉子ちゃん(当時3)を亡くした松永拓也さん。事故以来、メディアの取材に何度も応じてきた松永さんの口から「嬉しい」という言葉を聞いたのはこれが初めてだった。

「初めて彼と真の言葉、心っていうのを交わせたような気がして」

6日の午後、松永さんの自宅に届いたのは一通の茶封筒。中に入っていた2枚の紙は、事故の加害者である旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三受刑者(92)の言葉を刑務所の職員が聞き取ったものだった。

過失運転致死傷の罪で禁錮5年の実刑判決が確定し、現在服役中の飯塚受刑者。

3年前に刑事裁判が終わるまで、事故の原因は車の異常だと無罪を主張し、松永さんら遺族が損害賠償を求めた民事裁判でも、2023年、「真摯(しんし)な謝罪がされていない」などと裁判所から指摘されていた。

しかし今回、松永さんの元に届いた書面に書かれていた言葉は違った。そこには、飯塚受刑者が、亡くなった真菜さんと莉子ちゃんに対し「申し訳ないです」と謝罪の言葉を述べたことが記されていた。

■遺族と受刑者をつなぐ新制度

「被害者等心情聴取・伝達制度」。2023年12月から法務省が新たに始めた制度では、被害者や遺族が自身の心情を刑務所の職員を通じて加害者に伝えることができる。

松永さんは3月、この制度を使い、飯塚受刑者に対して、こう思いを伝えていた。

「怒りや恨みをぶつけたくて面会したいのではありません。人と人として、向き合ってお話ししたい」

「私は『世の中から交通事故を一つでも減らしていく活動』をこの5年間してきました。それは2人の命を無駄にしないため。遺族の苦悩や葛藤も無駄にしたくないため。同じような苦しみを誰にも体験してほしくないからです」

「飯塚さんの経験や苦悩も無駄にしたくない。『自分と同じような加害者が生まれてほしくない』という視点を一緒に持ちませんか」

事故から5年、大切な家族を一瞬にして奪われ、言葉にできないほどの苦しみとともに日々を過ごしてきた松永さんが、様々な葛藤のうえで伝えたこの言葉。

松永さんは、「どうすれば事故を起こさずに済んだか」「高齢者としてどのような社会であれば事故を起こさずに済んだか」などの質問を飯塚受刑者に問いかけ、「近いうち面会がしたい」との思いを伝えていた。

お互いの経験を社会のために発信することが、「飯塚受刑者にとっても救いになるのではないか」とも投げかけた。

心情を伝えてからおよそ2週間後。刑務所から届いた書類には、松永さんのすべての質問に対する飯塚受刑者からの回答が記されていた。

  ◇

Qあなたはどうすればこの事故を起こさずに済みましたか
「運転しないことが大事です」

Q高齢者として、どのような社会であれば事故を起こさずに済みましたか
「運転しないことです」

Q家族からどんな声かけがあれば、運転をやめようと思いましたか
「やめるように強く言われていたらやめていた」

  ◇

「運転しないこと」。高齢ドライバーだった飯塚受刑者は回答でこう繰り返し、松永さんからの面会の申し入れについては「わかりました」と受け入れる意思を示した。

飯塚受刑者に向き合った刑務所の職員によると、「言葉をつまらせる場面もあったが、松永さんの心情など全てを聞き終えた際、『申し訳ない』と述べた」という。

「真摯に回答してくれた」と受け止めた松永さん。

「彼の本当の言葉がこれなんだと思います。これまで彼は裁判をするのに自分を守る必要がありました。でも裁判が終わって利害がなくなったいま、真に人と人として対話できるようになった」

「初めて前向きに、未来の社会に向けての話ができるようになったと思います」

■「やっと真菜と莉子が愛してくれたお父さんとして生きていける」

事故から5年。

「交通の制度も人の意識も一気に全部変えることは無理だけれど、少しでも社会が良くなることに貢献できたかもと思えるようにはなりました」

松永さんはそう語る一方で、「真菜と莉子が帰ってこないむなしさは変わらない」と表情を曇らせる。毎年命日の4月19日が近づくと、気分の浮き沈みが激しくなるという。

それでも「自分が経験を語ることで事故を防いでいけるかもという希望はなくさず生きていきたい」と話す。「もう自分にはそれしか救いがない」との思いもある。

「刑事裁判のときは記者会見で私、『鬼になる』と言ったんです。本当は真菜と莉子にはあんな怖い顔見られたくなかったけど、でも闘わなくてはいけない、罪を認めてほしいと自分のなかで葛藤して」

しかし、裁判が終わり、飯塚受刑者が真実に向き合う姿勢を初めて感じられたという今は。

「お父さんはやっとね、真菜と莉子が愛してくれたお父さんらしく生きていけるようになったよって、2人の命は無駄にしないよって、(真菜と莉子に)伝えられるかなと思います」

事故を防いでいく活動を「加害者」と一緒に。もしそれが実現できたら社会の大きな財産になると話す松永さんの表情は、以前よりもあきらかに柔らかかった。

■「被害者」も「加害者」も生まない社会へ

面会が実現したら、飯塚受刑者にまず何を伝えたいか聞くと──

「被害者、加害者という立場は変えられないし、明確に違うものです。だけど、加害者になってしまった、被害者になってしまったというお互いの経験を無駄にしないように、今後の事故を防ぐための糧になるように、一緒の視点をともにもちましょうともう一度伝えると思います」

「彼が罪を償うのは大事です。でも一番大事なことはいかに次の被害者、加害者をうまないかだと思うんです」

高齢ドライバーによる死亡事故はいまも相次いでいる。松永さんは去年の命日、「高齢ドライバー問題を本質的に解決するには一律に免許を返納させるのではなく、返納しても安心して生きていける社会作りが必要」と話していた。

交通事故は誰もが当事者になりうる。明日は自分が、もしくは自分の大事な人が、被害者あるいは加害者にもなるかもしれない。だからこそ、被害者側、加害者側どちらの意見も社会に共有されるべきだと松永さんは話す。

2人の面会が、事故を減らすための大きな一歩になるだけでなく、事故の被害者、加害者となってしまったお互いにとっての救いにもつながる――そう信じる松永さんの思いは届くだろうか。松永さんは5年目の命日を過ぎたあと、面会を申し入れる予定だ。

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