“承認見送り”舞台裏詳報 塩野義治療薬に厳しい意見相次ぐ
国産初となる軽症者向けの新型コロナウイルスの飲み薬、塩野義製薬の「ゾコーバ」について、厚生労働省の専門部会は「継続審議」とし、承認の判断を見送った。
パンデミック時に早期に治療薬やワクチンを承認するため今年創設された「緊急承認制度」を使って行われた初めての審査で、事実上、“緊急承認の見送り”としたのはなぜか。厳しい意見が相次いだ審査の舞台裏を詳報する。
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■「とても使えない」厳しい意見が相次いだ2時間の審議
「これまでの議論では、提出されているデータから有効性が推定されるということの判断はできないとの意見が多くを占められ、本件については継続審議としたい」。2時間にわたる審査に加わった2つの専門家会議の委員たちは「賛成」の声をあげ、全会一致で承認の判断を見送り「継続審議」とすると結論づけた。
会議の冒頭、医薬品を審査するPMDA(医薬品医療機器総合機構)の報告書によって、厳しい審査結果が示された。ウイルスが減少する効果は確認できているものの、新型コロナウイルスの12症状の改善状況については、基準を満たしていない。
治験薬を投与した集団と投与していない集団で比較したデータでは、発熱、けん怠感、せきなど、ほとんどの症状で、回復の傾向がほぼ同じ推移を示していた。PMDAの委員は「ほぼ結果に効果がないと見える」と説明した。
さらに、塩野義製薬が追加データとして提出したオミクロン株に特徴的な呼吸器症状などでは改善が見られたとするデータについても、「何度も解析すると優位になることが出るのはよくあること」として、有利なデータが出るまで何度も解析を行った塩野義製薬のやり方を批判した。
他の委員からも「オミクロン株に特化しても非常にいい効果があるように見えない」といった意見や、「(症状改善の評価点がクリアできていないのに)なぜ最終の臨床試験の報告を待たずに審査するのか」など、データ不足を指摘する声が相次いだ。
さらに、患者が基礎疾患のために服用する薬との併用ができない点や、催奇形性の可能性があり、妊婦や妊娠の可能性のある女性への投与も難しいことから、「最終段階の臨床試験の結果が出るまではとても使えない」といった意見も聞かれ、臨床試験の途中での承認に反対する声が大勢を占める結果となった。
■承認申請までの苦難の道
新型コロナウイルスの出現当初から、この感染症と明確に戦う姿勢を示し、ワクチンや治療薬の開発に挑戦してきた塩野義製薬。しかし、承認の審査に至るまでも長い苦難の道だった。
そもそも塩野義製薬が新型コロナ治療薬の初期の臨床試験を開始したと発表したのは去年7月。この頃、国内では中外製薬が開発した抗体カクテル療法「ロナプリーブ」が軽症者に使える治療薬として初めて承認されたが、点滴薬のため、対象は入院患者のみ。デルタ株以降、増え続ける自宅療養者でも使いやすい口から服用するタイプの飲み薬の開発が急がれていた。
国内で初めて軽症者向けの飲み薬が承認されたのは去年12月。アメリカ・メルクが開発した「モルヌピラビル」だ。次いで今年2月には、ファイザーの「パキロビッドパック」も承認された。2つ目となるこの経口治療薬が承認された2週間ほど後、塩野義製薬は、厚生労働省にゾコーバの承認申請を行った。
しかし、この時点では、最終段階の臨床試験は終わっていなかった。オミクロン株の流行によって、無症状の人や症状のより軽い人が増え、臨床データの収集が難航したためで、苦肉の策として、「条件付き早期承認制度」の活用を希望して申請を行った。
ただ、この「条件付き早期承認制度」は本来、治療法が乏しく患者数が少ない重篤な疾患などで使用される制度。この制度での承認審査は、なかなか進まなかった。
起死回生となるか期待されたのは、今年5月に創設された「緊急承認制度」だ。パンデミックなどの緊急時に、それ以外の手段がない場合、ワクチンや治療薬を臨床試験の完了前に承認することが可能となるもので、塩野義製薬は、この制度の適用を求める申請に切り替え、改めて承認を求めた。
しかし、結果としては、臨床試験途中でのデータで判断するのは難しいとして、“緊急承認”の難しさを示す結果となった。
■「評価が不十分で…」現場の医師からも「処方しない」との声も
ゾコーバの“緊急承認”には、実際にコロナ患者を診る現場の医師たちからも反対の声が聞かれた。
都内などでコロナ患者専従の往診を続ける医療法人社団「悠翔会」の理事長・佐々木淳医師は、「臨床的効果に関する評価が明らかに不十分だ」と指摘する。十分な臨床データがない中での承認となれば、「(副作用のリスクなどを負ってまで)患者さんに使用する理由が特にないので処方しない」と断言する。すでにあるモルヌピラビルとパキロビットパックについて、「それぞれ重症化・死亡のリスクを下げる効果が明らか」だと評価していて、今後も、この2つの薬を中心に使い分けていくという。
また、発熱外来やコロナ病棟、往診などでもコロナ患者を診ている練馬光が丘病院の小坂鎮太郎医師も「どう使うといいかがわからない」と困惑する。ファイザーのパキロビットパックと同じ作用機序の薬でもあるため、今回承認されていたとしても、「効果のエビデンスレベルがまったく異なるので、ファーストチョイスはこれまでと変わらない」として、既存の2つの薬をまず選択するという。
一方で、国産の治療薬については、「供給が安心できる」として、開発には期待を寄せているという。
■“国産飲み薬”の誕生はいつか
今後は、最終段階の臨床試験の結果など新たなデータの提出で、再び審査を受けることになるゾコーバ。国は、承認されれば速やかに100万人分を購入し、その後も一定数を購入することで塩野義製薬と基本合意し、塩野義製薬はすでに生産ラインも整えている。
置き換わりの進むBA.5のウイルスを減少する効果も、非臨床試験(試験管内)では確認されているとするが、急がれる“国産飲み薬”の誕生の見通しは不透明だ。
※写真提供:塩野義製薬